結局、観てしまいました。
「ゴシップ・ガール」
シーズン1の視聴が、5月までだったので、
かなり、詰めて観ました。
主に、家事をしながら、流し観してたハズなんですが、
シーズン1終盤は、なかなか面白くて、
家事そっちのけて、観てしまった・・・・。
物語は、NYのアッパー・イーストに、セリーヌが突然舞い戻ったというニュースが、
高校生のゴシップサイト「ゴシップガール」で流れた事から始まる。
セリーヌは、1年前に突然、この街を去り、寄宿舎学校に入っていた。
セリーヌの親友ブレアと、その恋人ネイト。
ネイトの友人チャック。
そして、セリーヌが出会う、庶民派のダンを中心に、物語はすすんでいく。
セリーヌは、親友の彼氏と寝てしまうという過去があり、
ブレアと喧嘩したり、仲直りしたり。
そして、ブレアも、ネイトと喧嘩したり、勢いで遊人チャックと寝てしまったり。
ダンとセリーヌは順調に、交際まで発展させるが、
セリーヌの昔の友人・ジョージーナの策略によって、
別れてしまう。
セリーヌが1年前に、この街を去った理由は、ネイトと間違いを起こした事だけではなく、
目の前で友人が、コカインを大量摂取し、死んでしまった事があったのだ。
ジョージーナは、セリーヌが、ダンと付き合い、以前の彼女とは全く違う、
優等生になっていたのが、気に食わなかった。
ダンとセリーヌの間の誤解は溶けたが、ジョージーナの1件を隠していた事などから、
信用出来ない・・・とダンは、セリーヌに別れを告げる。
いや、もっと色々あったんだけどね。
結局、ダンとセリーヌも、
ブレアとネイトも、別れてしまったという事。
しかし、みんなそれぞれ、面白い。
ブレもなく、キャラがしっかりと確立されているからか、
多少、突飛な設定でも、違和感がなく楽しめる。
プライドが高く、常に、輪の中心にいなければならないブレア。
過去の自分に嫌気をさしていて、そんな自分を恥じているセリーヌ。
正義感の強いネイト
純粋で、誇り高いダン
遊び人であり、そういうスタイルを自分に課しているチャック。
喧嘩したり、けなしたりするけれど、
でも、やっぱり、仲間であって、
セリーヌを助けたいと思うのだ。
セリーヌは、庶民派の実直なダンと出会い、
彼の中に、純粋でまっすぐな、自分にはない輝きを見つけた。
その輝きが、まぶしすぎて、ダンには、自分の過去を言う事が出来なかった。
生活環境が違うから、2人は別れたワケではなく、
自分の忌まわしい過去の呪縛から、抜け出せていないが故、
破局へと向かってしまったんじゃないかと。
セリーヌの母は4度結婚している。
セリーヌは、自分の過去をダンが知った時、自分から去ってしまうんじゃないかという不安が、
ダンを信頼出来ずに、嘘をつき、打ち明ける事が出来なったんだと思う。
「愛してる」という言葉が、いかに、脆くはかないか・・・セリーヌは、
母の4度の恋愛・結婚を通して、感じていたのかも知れない。
みんな、良い味出してる。
ダンの妹ジェニーは、庶民派なのにブレアと渡り合うし(けっこう、イライラするけど)
セリーヌの母と、ダンの父との恋愛模様などなど。
あとは、まぁ、きらびやか世界を堪能出来る。
セレブってやつぁ、ほんま、こんな感じなんやろか。
うらやますぃー。
セリーヌの日々の服装や、ブレアのドレスなど、
やっぱり、目がいきます。
あと。
やっぱり、カッコイイのが~。
ネイトかなー。
でも、ダンの仕草が、私のツボでして。
顔はネイト、仕草はダン・・・という感じでしょうか。
チャックは、顔も性格も、好みじゃないけど、
とにかく、
「チャックは、もー、手のかかる子なんだから!」と、おばちゃん気分で、
何でも、許してしまふ。
若い時の私なら、チャックみたいな奴、ほんま、腹立つ~!!と思ったでしょうが、
オバチャンになると、どうも、心が広くなるんだね。
ブレアにしても、
「も~!ワガママなんだから~。可愛い可愛い」と思ってしまふ。
若い時に、観てたら、もームカつく!!と腹立ちまくりドラマになってたかも知れないけど、
オバチャンで観たら、心は寛大になって、面白く可愛い可愛い言いながら、
観れる。
(拡大できます)
「ウォーキング・デッド」と、1話ずつ順番に観たら、
ちょうど、いいかも。
全18話を通して、印象に残った言葉は、
セリーヌの母・リリーが、セリーヌの過去の過ちを知った時に言うんだよね。
「自分の育て方を、信じるしかない」
子供を信じるっていう言葉はよく聞くけれど、
子供を信じるっていうのは、つまり、自分の子育てを信じるって事なんだよね。
自分の子育てを信じられなかったら、子供も信じられない。
自分が、どんな形であれ、子供に関わってきたかどうか。
どう向き合ってきたかどうか。
そうでなければ、こんな台詞は出てこないなーと思う。
正しいかどうか、分からない育児を、私も日々しているけれど、
とにかく向き合って、
「あなたを信じてる」と、子供だけにプレッシャーを与える言葉ではなく、
「自分の育て方を、信じてる」と、そんな風に、言いたいな・・・と思う。
ゴシップ・ガールは、本土では、シーズン6でファイナルのようですね。
最後まで観るかどうかは、わからないけど。
シーズン2がHuluで6月放映だし。
しばらくは、家事のお供に、観ていく予定です。
にほんブログ村
「ゴシップ・ガール」
シーズン1の視聴が、5月までだったので、
かなり、詰めて観ました。
主に、家事をしながら、流し観してたハズなんですが、
シーズン1終盤は、なかなか面白くて、
家事そっちのけて、観てしまった・・・・。
物語は、NYのアッパー・イーストに、セリーヌが突然舞い戻ったというニュースが、
高校生のゴシップサイト「ゴシップガール」で流れた事から始まる。
セリーヌは、1年前に突然、この街を去り、寄宿舎学校に入っていた。
セリーヌの親友ブレアと、その恋人ネイト。
ネイトの友人チャック。
そして、セリーヌが出会う、庶民派のダンを中心に、物語はすすんでいく。
セリーヌは、親友の彼氏と寝てしまうという過去があり、
ブレアと喧嘩したり、仲直りしたり。
そして、ブレアも、ネイトと喧嘩したり、勢いで遊人チャックと寝てしまったり。
ダンとセリーヌは順調に、交際まで発展させるが、
セリーヌの昔の友人・ジョージーナの策略によって、
別れてしまう。
セリーヌが1年前に、この街を去った理由は、ネイトと間違いを起こした事だけではなく、
目の前で友人が、コカインを大量摂取し、死んでしまった事があったのだ。
ジョージーナは、セリーヌが、ダンと付き合い、以前の彼女とは全く違う、
優等生になっていたのが、気に食わなかった。
ダンとセリーヌの間の誤解は溶けたが、ジョージーナの1件を隠していた事などから、
信用出来ない・・・とダンは、セリーヌに別れを告げる。
いや、もっと色々あったんだけどね。
結局、ダンとセリーヌも、
ブレアとネイトも、別れてしまったという事。
しかし、みんなそれぞれ、面白い。
ブレもなく、キャラがしっかりと確立されているからか、
多少、突飛な設定でも、違和感がなく楽しめる。
プライドが高く、常に、輪の中心にいなければならないブレア。
過去の自分に嫌気をさしていて、そんな自分を恥じているセリーヌ。
正義感の強いネイト
純粋で、誇り高いダン
遊び人であり、そういうスタイルを自分に課しているチャック。
喧嘩したり、けなしたりするけれど、
でも、やっぱり、仲間であって、
セリーヌを助けたいと思うのだ。
セリーヌは、庶民派の実直なダンと出会い、
彼の中に、純粋でまっすぐな、自分にはない輝きを見つけた。
その輝きが、まぶしすぎて、ダンには、自分の過去を言う事が出来なかった。
生活環境が違うから、2人は別れたワケではなく、
自分の忌まわしい過去の呪縛から、抜け出せていないが故、
破局へと向かってしまったんじゃないかと。
セリーヌの母は4度結婚している。
セリーヌは、自分の過去をダンが知った時、自分から去ってしまうんじゃないかという不安が、
ダンを信頼出来ずに、嘘をつき、打ち明ける事が出来なったんだと思う。
「愛してる」という言葉が、いかに、脆くはかないか・・・セリーヌは、
母の4度の恋愛・結婚を通して、感じていたのかも知れない。
みんな、良い味出してる。
ダンの妹ジェニーは、庶民派なのにブレアと渡り合うし(けっこう、イライラするけど)
セリーヌの母と、ダンの父との恋愛模様などなど。
あとは、まぁ、きらびやか世界を堪能出来る。
セレブってやつぁ、ほんま、こんな感じなんやろか。
うらやますぃー。
セリーヌの日々の服装や、ブレアのドレスなど、
やっぱり、目がいきます。
あと。
やっぱり、カッコイイのが~。
ネイトかなー。
でも、ダンの仕草が、私のツボでして。
顔はネイト、仕草はダン・・・という感じでしょうか。
チャックは、顔も性格も、好みじゃないけど、
とにかく、
「チャックは、もー、手のかかる子なんだから!」と、おばちゃん気分で、
何でも、許してしまふ。
若い時の私なら、チャックみたいな奴、ほんま、腹立つ~!!と思ったでしょうが、
オバチャンになると、どうも、心が広くなるんだね。
ブレアにしても、
「も~!ワガママなんだから~。可愛い可愛い」と思ってしまふ。
若い時に、観てたら、もームカつく!!と腹立ちまくりドラマになってたかも知れないけど、
オバチャンで観たら、心は寛大になって、面白く可愛い可愛い言いながら、
観れる。
(拡大できます)
「ウォーキング・デッド」と、1話ずつ順番に観たら、
ちょうど、いいかも。
全18話を通して、印象に残った言葉は、
セリーヌの母・リリーが、セリーヌの過去の過ちを知った時に言うんだよね。
「自分の育て方を、信じるしかない」
子供を信じるっていう言葉はよく聞くけれど、
子供を信じるっていうのは、つまり、自分の子育てを信じるって事なんだよね。
自分の子育てを信じられなかったら、子供も信じられない。
自分が、どんな形であれ、子供に関わってきたかどうか。
どう向き合ってきたかどうか。
そうでなければ、こんな台詞は出てこないなーと思う。
正しいかどうか、分からない育児を、私も日々しているけれど、
とにかく向き合って、
「あなたを信じてる」と、子供だけにプレッシャーを与える言葉ではなく、
「自分の育て方を、信じてる」と、そんな風に、言いたいな・・・と思う。
ゴシップ・ガールは、本土では、シーズン6でファイナルのようですね。
最後まで観るかどうかは、わからないけど。
シーズン2がHuluで6月放映だし。
しばらくは、家事のお供に、観ていく予定です。
にほんブログ村