なんだか気持ち的にゆっくり書く余裕がなかったんだけど、、書く。

昨夜父に電話で伝えた。

私、睡眠障害だけじゃなくて、うつ病って診断されてたんだって。

今年度は学校どころか部屋から出られない日も多くて大変だったから、留年しそう。っていうか多分する。って。

でも父は冷静にゆっくり全部聞いてくれて、

家族のこととか悩まなくていいから、今は元の自分を取り戻すことだけを考えなさい。
私達家族は、その時辛い人のことをみんなで支える方針なんだよ。
だから、本当に周りを考えなくていいから、なんでも言いなさい。
卒業とか留年も、ダメでもいいから、取り敢えずは最後まで頑張ってみようね。
ただ、いつも連絡して返って来ないと心配するから連絡は返して。って。

伝えたかったことを全て伝えられたわけではなかったけど、でも、父は驚きも怒りもしなかった。

それがすごく助かった。

母が大変そうで私の口からは言えないって言ったら、父から伝えてくれるって。

流石に兄の過去3度の留年時の母の発狂っぷりをしってるから、今年はどんな反応をするのかすごくこわい。

ごめんなさい。

でも、父に話せてよかった。

ただでさえ人に話を伝えるのが苦手だから、こういうの、すごく勇気がいった。

年末には、喧嘩にならないようにこれからのことを話せたらなって思う。


今週1週間のインフルエンザ中には、母が必要なもの買ってきてくれたりして、大分助かった。

私の中には彼女に対して、肉親として、1人の女性としての情や尊敬の念かある一方で、人としてどうも頼れないし、良く言えばライバルなんだけど悪く言えば小さな憎しみもある。

このアンビバレントな感情と闘うから葛藤が生まれるわけで、そのせいで一時的にどちらかに感情が傾き過ぎて、必要以上の拒否性や親和性が出てしまうこともある。

夏はね、ブログにも書いてたけど、混じり気のない私の本心で、母の人生は私が背負って生きたいと思ってた。

あまりに辛そうで、見てる私まで辛くて。

でも、ココ数か月は意味の分からない反抗期みたいなのがきて、上手く笑えないし振る舞えなくなってしまったけど、取り敢えず反抗期は抜け出せそう。かも。

やっぱり私には家族しかいなくて、母を支えることが娘として生まれてきたことの最大の役割だと思うんだ。


年末、ゆっくりこの先のことを相談したい。

けど、嵐になるんだろうな。

覚悟しとかなきゃ。


こういう時、彼氏という存在がいてくれて助かる。

家族も彼氏も、何があっても夏子の味方だと言ってくれるのが、素直に嬉しい。

何か心の硬いところが柔らかくなったように感じるの。

私、他者の曖昧さとかの許容性が高いから、拒否したり責めたりする人の心情が中々理解できなくて困ったり、逆に拒否されたときの重みを内容以上にとってしまう。
(私が大丈夫なんだから周りも大丈夫でしょう?って考えが根底にある。)

けど、無条件の味方、心配してくれる先輩達からのメールや電話。

すごく嬉しい。

助けられてる。

ありがとう。

向き合うよ。

彼氏にも目一杯頼りたくなってしまって、少し寂しいと思う深夜2時前。

明日からインフルエンザの自宅謹慎が解けます。

まだ咳ひどいけれど、やっとお外出れるー。

この9畳の狭い(しかし間違いなく私の城)から出て、冬の空気を吸いたいです。