ピコちゃんが逝って2週間とちょっと。ようやく玄関を開けても飛んできてまとわりつく猫がいない寂しさに慣れてきたと思ったところでさいころがピコちゃんを追いかけて行ってしまいました。




 さいころの顎がなんだかいつもより大きい・・?ということに気がついたのが6月の終わり頃。口内炎もできていてなんだろう?と思って病院に行きました。しばらくステロイドと抗生剤を注射して様子を見ましたが根本的には改善せず。さらに詳しく検査すれば病変がなにによるものなのかわかるけれど、人間と同じで確定診断を出すためには組織片をとり顕微検査をしなければならないこと、それ自体痛みを伴う検査になるし、なにもなければそれでいいけどガンだとわかった場合にはそこを切除し顎を切り取ることになるので食べたり飲んだりが不自由になるため、リハビリをしても完全に回復する前に弱る可能性があること、18歳という年齢を考えると寿命で死ぬのが早いか病気で死ぬのが早いのかギリギリのせめぎあいになるだろうとのことでした。最終的に積極的な治療はせず、引き続き腫れを抑えるためのステロイドと抗生剤併用での経過観察ということになりました。




 それから4ヶ月。一時的に腫れが引くものの口が閉じられなくなりヨダレで胸や腕の毛が抜けハゲハゲ、下の牙がグラグラしてきて食べにくそうでした。それでも、ピコちゃんの大食いに負けじと自分の好きなものならピコちゃんの分まで食べるほどよく食べていましたし、体力的にもそれほど衰えは感じませんでした。


 ピコちゃんが死んでしまったのを理解したのかしていないのか、知るすべはありませんが明らかにその辺から急激に弱っていきました。食べられなくなり点滴で水分と栄養を補給しながらひとさじふた匙柔らかいものを舐めるぐらいになり、足に力が入らなくなっていざるようになり、1週間後にはもう体を起こせなくなっていました。水だけしか口を付けず、弱っていくのを見守る日が続きました。


 そして先日、水曜日の晩にはついに水すら飲まなくなった時に旅立ちが近いことを感じました。ピコちゃんを見送ってやれなかったことの後悔からこんどはきっと、という思いで夫と交代で見守っていました。徐々に弱くなっていく呼吸、下がっていく体温、眠っているのか起きているのか目を開けたままじーっと一点を見つめ、それでも耳は聞こえているようで家の中で起きる一つ一つの物音にビクッと体を震わせる。その度に痩せて骨と皮だけになった体をさすってやり、鼻の上を撫でてやるとしばらくの間目をつぶっていました。


 そしてきのう、木曜日の朝、みんながいるリビングに布団を移して見守りつつそれぞれの支度を進める中呼吸が止まり、何度かぴーんと体を伸ばして大きく息を吸い込もうとしているような様子を見せたあと、息を引き取りました。心臓の音が次第にゆっくり、ゆっくりになっていき、ついにその動きを止めたのは8時10分でした。最後まで聴覚は残るそうです。最後の瞬間まで家族みんなで呼びかけました。


「さいころ、ありがとう」
「楽しかったね」
「よくがんばったね」
「うちに来てくれてありがとう」


 最後はおそらく唾液腺にまで癌が浸潤していたのかもしれませんが、それが幸いしてヨダレは止まっており、一度ハゲハゲになった胸の毛も足の毛もきれいに生え、ふわふわの手触りはそのままに18歳の生涯を閉じました。猫は年を取っても愛らしいのでこれがもう人間で言えば90歳のおじいちゃんだなんて思えません。うらやましいですね。




 今朝、ピコちゃんのところに送ってきました。ピコちゃんを送った日と同じように爽やかに晴れ渡った空。煙になってさいころは旅立ちました。




 猫人口が0になってしまった我が家。もうすでに子猫をもらってくれませんか、という話があるのですが長く一緒に暮らしたものと死に別れることの本当の辛さを知って、以前のように「猫飼いたい!」と簡単に言えない気持ちになっています。


さて、どうするかなあ・・・