私は一人っ子だ。
旦那と籍を入れるときに謄本で母が父とは二度目の結婚であることを知った。
母は雪国出身。
父は南国出身。
聞いたことはないけどどうやら上手いこといって私が産まれたらしい。
父は寝たきりに近く、脳梗塞を数年前に患いリハビリしながら母親と南の某地に今は住んでいる。
母。
周りに絶対頼れない環境。帰れない環境。
酒癖わるい父。もちろん、専業主婦ではない。ガッツリと労働。内職。昼も夜も。
夜は小さい私と一緒に歩きながら隣町の飲み屋まで留守番させることができないと、
持ち合わせのない父の飲み代を払いに行ったこともある。
ふと起きて隣の部屋に行ったら飲み屋の姉ちゃん居たことあるし。(笑)
あ、
朝にタクシーで吐いた父の吐瀉物を母が私の小学校に登校前にタクシーの運ちゃんと玄関の水道場で洗ってたこともあったわ…。
裸で帰ってきた父の身体に沢山の落書きが書いてあった日。
飲み屋で盛り上がったのだろう、今ならそう思えるが小学校4年の私には父のその姿はかなりきつかった。
友達の家でおやつが出てきた日。
優しそうな友達のお母さん(専業主婦)がパイ?クッキーを「おっぱいクッキーだよ〜」と持ってきたのを覚えている。
食べられなかった。
友達は「ママがオッパイだよなんて言うから〇〇ちゃんが、食べれなくなったじゃん」。
って言ったけどその時の私は
働いてるお母さんのごはんじゃない物を食べたら駄目だと
小学生ながら思ったんだなぁ。
なんか分かんないけど。
専業主婦になって母親になった今ならその時の気持ち分かるんだな。
会社の財形積立以外の休まなかったら貰える手当を母は何十年も休まず
毎月5000円会社から貰っていた。
皆勤賞って言うのかな?
もらってため続けて
私の教育資金にしてくれた。100万円以下。
母に聞いたことがある。
「私、働いとらんのにこんな生活おかしかろ?甘えとらんね?どう思う?」
母は言った。
「お金貯めなさい、あんたんとこなら半分以上たまるよ。ためてためて旦那にもバレんように貯めり」
罵ることじゃなく
罰することなく
ただただ
子供だけを見る
私は子供しか視界に入らなくなった。
貯めたい。
そう思った。
それと同時に人には人の生活があることも知った。
言わないだけで
言うことが
出来無い
上手くない
私みたいに。
みんな自分なりにやってんだよ。
みんなみんななりに上手くまわっていけばいいなぁと思った。
おこがましいけど
いろんな意見を理解してあげる子に育てたいと思った。
人を非難せず。
まず
自分だと思った。