あの日の話、続き
一昨日は親戚のおねーさまと久々に電話できたのでした。
親戚のオニーちゃん、おねーちゃん夫妻の一粒種のTちゃんが無事国立医学部に合格して入学式をむかえたというすばらしい知らせに、あがる私!
今こうして子育て始めると、おねーさん、おにーちゃんのTちゃんを育て上げた心情が身につまって、感動しちゃいましたwww
大変だよなー、一人の人間を大学に入れるまで育てるって、、、
すごいよーすごいよーと盛り上がる私。
最近はほとんど外の人と話していなかったので、その興奮もあったかな!
・
・
・
・
さて、つづき。
震災のあの日、都内は交通マヒして、帰宅するひとびとが黙々と歩く姿がニュースされてましたよね。枝野さんが「無理して帰宅しようとしないでください!」とTVで呼びかけてて、大崎の会社から埼玉まで歩いて帰ってくると言う夫を心配しましたが、まあ、うちのだんなさんはホントにそういうところがたくましいというか、ちゃんと夜中に家にたどり着きました。
帰ってきてくれると、やっぱり安心で、家族がそろってほっとしました~~。
夫の会社の同僚の方々はそのまま会社に泊まった方も多かったようで、大変でしたよね。
といっても、さすがに全部歩いて帰ってきたわけではなくて、最初は自転車屋さんで自転車を買おうとしたらしいのですが、買えなかったらしく、しばらく歩いてバスがちょうど埼玉方向だったので乗って、途中まで彼女を迎えにきていた友達と連絡が取れてその車に同乗させてもらって、午前2時くらいには帰宅。
バスはすごい混んでて、途中で運転手さんが交代になったらしく、降りていく運転手さんに乗客が「おつかれさまでした!」って拍手したらしいですよ。あはは。
閑話休題。
帰ってきたダンナはお義母さんと一階でニュースを見続け、わたしは赤ちゃんと母と一緒に二階で休んで、しばらくして授乳中にあがってきた夫と話したのは、「家族、そろってよかった」。
もしわたしが育休中じゃなくて、豊洲勤務中で、まだ世田谷に住んでたら、ふたりでどっかで落ち合って帰ってたのかな、埼玉で暮らすお義母さんのこと心配だったろうし、、、とりあえず、よかった、と話しました。津波の恐ろしい映像が繰り返しテレビでは放映されて、こわかったけど、このときはまだ、もっともっとおそろしい原発問題がおこるとはおもわずに、赤ちゃんをぎゅっとだっこして夜をすごしたのでした。
そろそろお食い始めなんてやらなきゃねーなんて言ってたのも、ぜんぶすっとんじゃったもんなあ。ネットの工事もぜーんぶすっとんで、結局一ヶ月くらいおくれたわけですね。
そして!
翌日の夕方、原子力発電所の事故(事象、っていってるらしいですね、姑息!)が報道されて、一挙に彼岸のはなしから、自分事化したんでした。。。
以下次記事。
なぜかBGMはぱひゅーむのシークレットシークレットでしたw
親戚のオニーちゃん、おねーちゃん夫妻の一粒種のTちゃんが無事国立医学部に合格して入学式をむかえたというすばらしい知らせに、あがる私!
今こうして子育て始めると、おねーさん、おにーちゃんのTちゃんを育て上げた心情が身につまって、感動しちゃいましたwww
大変だよなー、一人の人間を大学に入れるまで育てるって、、、
すごいよーすごいよーと盛り上がる私。
最近はほとんど外の人と話していなかったので、その興奮もあったかな!
・
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さて、つづき。
震災のあの日、都内は交通マヒして、帰宅するひとびとが黙々と歩く姿がニュースされてましたよね。枝野さんが「無理して帰宅しようとしないでください!」とTVで呼びかけてて、大崎の会社から埼玉まで歩いて帰ってくると言う夫を心配しましたが、まあ、うちのだんなさんはホントにそういうところがたくましいというか、ちゃんと夜中に家にたどり着きました。
帰ってきてくれると、やっぱり安心で、家族がそろってほっとしました~~。
夫の会社の同僚の方々はそのまま会社に泊まった方も多かったようで、大変でしたよね。
といっても、さすがに全部歩いて帰ってきたわけではなくて、最初は自転車屋さんで自転車を買おうとしたらしいのですが、買えなかったらしく、しばらく歩いてバスがちょうど埼玉方向だったので乗って、途中まで彼女を迎えにきていた友達と連絡が取れてその車に同乗させてもらって、午前2時くらいには帰宅。
バスはすごい混んでて、途中で運転手さんが交代になったらしく、降りていく運転手さんに乗客が「おつかれさまでした!」って拍手したらしいですよ。あはは。
閑話休題。
帰ってきたダンナはお義母さんと一階でニュースを見続け、わたしは赤ちゃんと母と一緒に二階で休んで、しばらくして授乳中にあがってきた夫と話したのは、「家族、そろってよかった」。
もしわたしが育休中じゃなくて、豊洲勤務中で、まだ世田谷に住んでたら、ふたりでどっかで落ち合って帰ってたのかな、埼玉で暮らすお義母さんのこと心配だったろうし、、、とりあえず、よかった、と話しました。津波の恐ろしい映像が繰り返しテレビでは放映されて、こわかったけど、このときはまだ、もっともっとおそろしい原発問題がおこるとはおもわずに、赤ちゃんをぎゅっとだっこして夜をすごしたのでした。
そろそろお食い始めなんてやらなきゃねーなんて言ってたのも、ぜんぶすっとんじゃったもんなあ。ネットの工事もぜーんぶすっとんで、結局一ヶ月くらいおくれたわけですね。
そして!
翌日の夕方、原子力発電所の事故(事象、っていってるらしいですね、姑息!)が報道されて、一挙に彼岸のはなしから、自分事化したんでした。。。
以下次記事。
なぜかBGMはぱひゅーむのシークレットシークレットでしたw
あーびっくりした
昨夜の地震、血が凍りましたよ!!
一ヶ月がたとうとしていて、まだまだといいつつも、これでもう復興に向かっていくんだ、という気持ちになっていたところにどーんっっですもの。
最初のあの日の揺れ方に似てたのもぞっとしました。
赤ちゃんとふたりで子供部屋で寝ているときに揺れがきて、布団から体を起こしたものの立ち上がれずにいたら、一階でTV見てたダンナが部屋に飛び込んできました。おなじく二階の自室で休んでいた母もドアを開けて立ちすくんでて、ダンナが「お母さんもこっちにきて!」と叫び、母も子ども部屋に入ってきて、家族全員子供部屋に集まりました。
夫が赤ちゃんを抱き上げて、わたしは赤ちゃんのほっぺをなでなで。母が私の側の布団にへたり込み、TVをつけて、繰り返される情報に耳を澄ませました。
また、津波がきちゃうの?
今綱渡りで一進一退がんばってる原発くんに決定的な打撃を与えちゃうの????
こわかった。
結局原発のほうはとりあえず、大丈夫で、津波も小さい規模ですんだわけですが、、、
まだまだ終わってないってことですか?
人間の緊張にも限界があるわけで、とりあえず、落ち着く方向にむかってくれることを強く望みます。
季節は春、桜も咲いて、今日は近くの小学校が入学式だったようです。
早く、被災地の状況もよくなって、原発も方向性が見えて安全に暮らせるようになって、真琴と一緒にいろいろおでかけしたいのにな。。。
(そう、実は、放射能汚染が気持ち悪くて、真琴をお散歩に連れ出すの、控えてるんです。。)
そのあと、寝たけど、なんだかいっぱい夢を見て、怖かったです。ちょっと吐き気したし。
例によって一番大物なのは真琴w
結局朝の6時くらいまですやすや寝て、ふっと目覚めておしめ替えとおっぱいをおねだりして、さわやかな朝の光の中でニコニコ。
地震の恐さが真琴の心に影響していないらしいことが、ほっとします。
めげてもいられないし、今日の夕食はすき焼きにでもして、力つけるか!
一ヶ月がたとうとしていて、まだまだといいつつも、これでもう復興に向かっていくんだ、という気持ちになっていたところにどーんっっですもの。
最初のあの日の揺れ方に似てたのもぞっとしました。
赤ちゃんとふたりで子供部屋で寝ているときに揺れがきて、布団から体を起こしたものの立ち上がれずにいたら、一階でTV見てたダンナが部屋に飛び込んできました。おなじく二階の自室で休んでいた母もドアを開けて立ちすくんでて、ダンナが「お母さんもこっちにきて!」と叫び、母も子ども部屋に入ってきて、家族全員子供部屋に集まりました。
夫が赤ちゃんを抱き上げて、わたしは赤ちゃんのほっぺをなでなで。母が私の側の布団にへたり込み、TVをつけて、繰り返される情報に耳を澄ませました。
また、津波がきちゃうの?
今綱渡りで一進一退がんばってる原発くんに決定的な打撃を与えちゃうの????
こわかった。
結局原発のほうはとりあえず、大丈夫で、津波も小さい規模ですんだわけですが、、、
まだまだ終わってないってことですか?
人間の緊張にも限界があるわけで、とりあえず、落ち着く方向にむかってくれることを強く望みます。
季節は春、桜も咲いて、今日は近くの小学校が入学式だったようです。
早く、被災地の状況もよくなって、原発も方向性が見えて安全に暮らせるようになって、真琴と一緒にいろいろおでかけしたいのにな。。。
(そう、実は、放射能汚染が気持ち悪くて、真琴をお散歩に連れ出すの、控えてるんです。。)
そのあと、寝たけど、なんだかいっぱい夢を見て、怖かったです。ちょっと吐き気したし。
例によって一番大物なのは真琴w
結局朝の6時くらいまですやすや寝て、ふっと目覚めておしめ替えとおっぱいをおねだりして、さわやかな朝の光の中でニコニコ。
地震の恐さが真琴の心に影響していないらしいことが、ほっとします。
めげてもいられないし、今日の夕食はすき焼きにでもして、力つけるか!
どっから書くかな。
まずはやっぱり、3/11の東日本震災の件ですかね。
そっからはじめましょう。
まだまだ何も終わってないけど、一ヶ月経ちましたねー。
早い。
あの日、前夜に真琴がたりっと鼻血をだして、多分乾燥して鼻の中が少し切れたんだねーといいつつ念のため耳鼻科にいこう、と用意をしていたとき、ぐらっときました。
けっこう長くて怖かった。ソファでちょうど真琴をだっこしてたんですが、あまりに長くて、「え、まだ、まだつづくの?」って不安になりました。
といっても、埼玉ですからたいした揺れでもなくて、二階の本棚の本が倒れたくらいだったかな。
そういえば、家を買ったときに免震構造の事をすごく説明されたけど、あまり気にしてなかった私ですが、やっぱりその辺ちゃんと作られた家だったからこのくらいですんだのかなーと今にして思います。
(神戸の震災以降一戸建てメーカーが免震構造を大きく歌うようになった事はよかったことですね)
で、母と「けっこう揺れたねー」といいながら、車を出して、真琴を耳鼻科に連れて行って(!!)、(ちなみに鼻血はやっぱり気にしなくて大丈夫でした)受診の間もちょこちょこ揺れて、家に帰ってきて、ニュースつけたら東北地方で大変な事になってる映像がどんどん映し出されて、そこではじめて大事が起きてる、と認識しました。
NHKだったかな、あの津波の映像。
現実の映像とは思えなくて、どんどん、あ、これはやばいことになってる、とどきどきしました。
このあと、一週間くらいの間、ずっとこの映像は繰り返しテレビで放映されて、しまいに人々をおびえさせるだけだから、もうこの映像はながさないで!という声がでてきて放映されなくなりましたが、いやほんと、、、、津波ってこんなに恐ろしいんだ!
スマトラ沖地震だって、神戸の震災だって、ニュースで見てきてるのに、東京在住の私にとっては、初めて身に迫って感じられた震災被害でした。
急いで、徒歩20分くらいのところに住む義母に電話をしたけど、既につながらなくなってました。
TVでは交通機関がどんどん止まっていってる、無理して帰宅しないで、とテレビで枝野さんが言ってて、夫にメールしたら夫は「歩いてでも、自転車買ってでもなんとしてでも帰る」とメールを返してきて、まさに今無理に帰宅するなってTVで言ってるのに!とあせって電話をしたらなんとかつながって、でもやっぱり「なんとかして帰るから義母をうちに呼んでいっしょにいてくれ」と言われて、「わかった、帰ってこようとして無理しないでね」とか会話をして。
わたしの母は同居しているので、あとは、お義母さんがきてれば、家族大集合、後何度かお義母さんに電話してつながらなかったら、車出してむかえにいこうか、夫がいない間はわたしがみんなを守んなきゃ、あ、食料買いに行かなきゃ!と急いで、自転車でスーパーにいって買い物をして戻ってきたら、玄関の前で歩いてきたお義母さんとはちあわせ。
ああ良かった良かったいいながら家に入って、食事してテレビにくぎづけ、、、といいつつ、赤ちゃんをお風呂に入れたり、おっぱいあげたりは日常とかわらずで、真琴のケアがあるから私もけっこう冷静でいられたのかも。
なんだかんだ言ってわたしは9時くらいには真琴連れて部屋にあがって、ばーちゃんずは割とうろたえてたんじゃないかな。後は夫が無事帰ってくるのを待つばかり。
で、そのころ割と野生児な夫は、、、と以下次記事。
最近おもいだして読み返してるのは村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」。

これ、神戸の震災にあてて書かれてるんだけど、今回の地震と思って読んでも読める気がします。がんばれかえるくん!!!
そっからはじめましょう。
まだまだ何も終わってないけど、一ヶ月経ちましたねー。
早い。
あの日、前夜に真琴がたりっと鼻血をだして、多分乾燥して鼻の中が少し切れたんだねーといいつつ念のため耳鼻科にいこう、と用意をしていたとき、ぐらっときました。
けっこう長くて怖かった。ソファでちょうど真琴をだっこしてたんですが、あまりに長くて、「え、まだ、まだつづくの?」って不安になりました。
といっても、埼玉ですからたいした揺れでもなくて、二階の本棚の本が倒れたくらいだったかな。
そういえば、家を買ったときに免震構造の事をすごく説明されたけど、あまり気にしてなかった私ですが、やっぱりその辺ちゃんと作られた家だったからこのくらいですんだのかなーと今にして思います。
(神戸の震災以降一戸建てメーカーが免震構造を大きく歌うようになった事はよかったことですね)
で、母と「けっこう揺れたねー」といいながら、車を出して、真琴を耳鼻科に連れて行って(!!)、(ちなみに鼻血はやっぱり気にしなくて大丈夫でした)受診の間もちょこちょこ揺れて、家に帰ってきて、ニュースつけたら東北地方で大変な事になってる映像がどんどん映し出されて、そこではじめて大事が起きてる、と認識しました。
NHKだったかな、あの津波の映像。
現実の映像とは思えなくて、どんどん、あ、これはやばいことになってる、とどきどきしました。
このあと、一週間くらいの間、ずっとこの映像は繰り返しテレビで放映されて、しまいに人々をおびえさせるだけだから、もうこの映像はながさないで!という声がでてきて放映されなくなりましたが、いやほんと、、、、津波ってこんなに恐ろしいんだ!
スマトラ沖地震だって、神戸の震災だって、ニュースで見てきてるのに、東京在住の私にとっては、初めて身に迫って感じられた震災被害でした。
急いで、徒歩20分くらいのところに住む義母に電話をしたけど、既につながらなくなってました。
TVでは交通機関がどんどん止まっていってる、無理して帰宅しないで、とテレビで枝野さんが言ってて、夫にメールしたら夫は「歩いてでも、自転車買ってでもなんとしてでも帰る」とメールを返してきて、まさに今無理に帰宅するなってTVで言ってるのに!とあせって電話をしたらなんとかつながって、でもやっぱり「なんとかして帰るから義母をうちに呼んでいっしょにいてくれ」と言われて、「わかった、帰ってこようとして無理しないでね」とか会話をして。
わたしの母は同居しているので、あとは、お義母さんがきてれば、家族大集合、後何度かお義母さんに電話してつながらなかったら、車出してむかえにいこうか、夫がいない間はわたしがみんなを守んなきゃ、あ、食料買いに行かなきゃ!と急いで、自転車でスーパーにいって買い物をして戻ってきたら、玄関の前で歩いてきたお義母さんとはちあわせ。
ああ良かった良かったいいながら家に入って、食事してテレビにくぎづけ、、、といいつつ、赤ちゃんをお風呂に入れたり、おっぱいあげたりは日常とかわらずで、真琴のケアがあるから私もけっこう冷静でいられたのかも。
なんだかんだ言ってわたしは9時くらいには真琴連れて部屋にあがって、ばーちゃんずは割とうろたえてたんじゃないかな。後は夫が無事帰ってくるのを待つばかり。
で、そのころ割と野生児な夫は、、、と以下次記事。
最近おもいだして読み返してるのは村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」。

これ、神戸の震災にあてて書かれてるんだけど、今回の地震と思って読んでも読める気がします。がんばれかえるくん!!!