先日、ライブ配信で視聴した

星組公演『ディミトリ』。

 

細かい芝居がよく見えるのが

配信の素晴らしいところ。


その中で目の芝居が印象的だった

瀬央ゆりあさん演じる

ジャラルッディーンについて。

書き連ねたいと思います。

 

ネタバレがありますので、ご了承ください。

 

 

ディミトリとジャラルッディーンの関係性が

舞台では原作ほど色濃く描かれていない。

原作ではジャラルッディーンが

ディミトリをどれほど寵愛していたかが

至る所に書かれている。

 

「帝王ジャラルッディーンは美しい王子に、

場違いなほど労りのこもった声をかけた。」


「その容姿の美しさを気に入って帝王は

ディミトリを客分に加えたのだが、

ジョージア国内を行軍するために、

彼の知識と見識は非常に有用だったのだ。」

など。

 

ジャラルッディーンにとって、

ディミトリは美しさと有能さを持ち合わせた

希有な人物。

それゆえ、ディミトリを部下ではなく

「友なる王子」だと思っていた。

 

その関係性を舞台では数少ない場面で、

言葉のニュアンス等で表現せねばならない。

それが瀬央さんの芝居から苦しくなるほど

滲み出ている。

 

 

例えばトビリシが陥落したことを知らず、

ジャラルッディーン、ディミトリ、ナサウィーが食事をしている場面。


「(クタイシの落とし方について)

ルーム・セルジュークの王子よ、

何か妙案はないものか。」


とジャラルッディーンが声を掛ける。

その言葉の柔らかさは絶品だ。

部下に命じるときの尖った物言いではなく、

心を許した友人への相談事のような声色なのだ。

 

そして、ナサウィーが

「伝書鳩を飛ばす王子を見た」と伝えた時、

ジャラルッディーンは静かに目を細める。


あくまでもこれは私個人の解釈だが、

ジャラルッディーンはこの時、

もう既に察していたのではないだろうか。

ディミトリがジョージアに通じていたことを。

 

そのうえで、ナサウィーに

「これ以上言うな」

と思っていたのではないだろうか。


自分が帝王である限り、

反逆者を見逃すことはできない。

だが真実を知らなければ、

彼を傍に置いておくことができる。

友なる王子を、我が手で殺したくはない。

 

そんな心境だったのではないか。

 

そして、ナサウィーの言葉を聞き終えた

ジャラルッディーンが


「そういうことだそうだが、

貴公が違うと言うのならば

余はそれ以上疑うつもりはない

余の友なる王子よ、

言いたいことを言うが良い。」


と言葉を紡ぐ。

 

この言葉を発する前のジャラルッディーンの息を整える僅かな間合い、

 

「疑うつもりはない」と言う時の微笑、


「余の友なる王子よ」の言葉に込められた愛情、


「言いたいことを言うがよい」と言うときの温かな包容力、


そしてディミトリを見つめる眼差し、


それら全てが

「本当のことを言う必要はない、

余を騙し通してみせよ」

と言っているように見えた。

 

そしてディミトリが白状したときの

悔しそうな表情。

絞り出したような「そうか、残念だ。」

にはこちらまで心が痛む。


彼は国と家族だけでなく、

友まで失ってしまったのだ。

 

とはいえ、

ここまでのジャラルッディーンは

内通者を捕らえようとしているため、

表向きはあくまでも

帝王らしい行動を取っている。


だが、ディミトリが自ら毒を飲み、

自分の両手を握って謝罪するのを

目の当たりにした時のジャラルッディーンは

もう帝王でなく友を想う一人の男

になっていた。

顔を歪ませ、声を震わせて…

 


また、

「貴公があくまでも

ルスダン女王の王配として生きたこと、

このジャラルッディーンが見届けた」

と言った後、ディミトリの目を見つめながら

小さく何度も頷いていた。

これはきっと客席で観劇した場合

分かりづらいのではないだろうか。


だがその小さな芝居が良いのだ。


アピールする芝居じゃない。

…もはや、あれは芝居ではなく

ディミトリとジャラルッディーンが

確かにそこにいたのだろう。

 

 

瀬央さんの芝居には

”愛情”が詰まっている。


原作でも、ジャラルッディーンは残虐だが、

「強さ、統率力は本物」

「周りの者には優しい男」

「どことなく、ギオルギ王に似ている」

とディミトリは感じているが、

瀬央ジャラルッディーンは

そのイメージ通りの人物だった。

 

出番は後半からだが

「帝王の威厳」と「温かさ」の両面を

限られた場面の中で、しっかり印象づかせる

瀬央さんの芝居に、何度も泣かされた。


ジャラルッディーンが瀬央さんで良かった。

そう思わずにはいられなかった。

  



柚希礼音が暁千星に送った言葉に

「見た目が素敵とばかり

言われているうちは半人前」

というのがある。

 

そうなのだ。

瀬央ジャラルッディーンは美しかった。

だがそこに触れるのを

忘れるくらいの芝居だったのだ。

 

だから内面を語りつくした今、触れておく。

あのビジュアルがあそこまで似合う人も

そうそういないだろう。


美しきわが君、あっぱれ。