おじいちゃんの新たな旅 | 思い立ったが吉日。~東京編~

思い立ったが吉日。~東京編~

転勤族・2人の子供の育児について。

先週の月曜と、今日の月曜ではあまりに変化が大きすぎます。


身内の死について書くのは、本当は良くないことなのかもしれないけれど

大事な出来事だったので、忘れたくない為記事に残すことにしました。




9月9日、私の大好きなおじいちゃんが急逝しました。


8日の20:10頃母から祖父が意識不明になったと電話があった。

すぐには理解できなかった。あの元気なおじいちゃんが?

先月の帰省の際、一緒に食事をしたし、お正月の帰省時と変わらぬ体調だったのに・・

8日の日中まではいつもと変わらぬ様子だったらしい。


意識不明で救急病院に運ばれた時動揺はしたけれど、

前よりも元気がなくなるぐらいで、命に別状はないだろうと勝手に希望をもっていた



しかし・・脳出血していたそうで後数日の命といわれたそう。

その連絡を聞いて初めて祖父の死が近づいている事の悲しさからボロボロ涙を流しながらも、

受け止めようと、自分に言い聞かせていました。


頭が混乱しながらも、就寝。


9日5:25頃、叔母からメールが。

おじいちゃんが他界したことを知らせるものだった。


あんなに元気だった祖父が、他界した。

髪は黒く背筋が伸びていてとても83歳にはみえないおじいちゃん。

おばあちゃんのことが大好きで、買い物や畑で家にいないと

いつも心配で私の家に電話をかけてきたおじいちゃん。


祖父の遺体を対面するまで、死を正直受け止められずにいました。


10日の午前、祖母宅に着くと玄関近くに祖母が立っていて。

祖母は気丈でしたが、私はそんな祖母の姿をみてすぐに涙を流してしまいました。


10日の夕刻、お通夜の会場で、命無き祖父と対面。

この時まで祖父の死への悲しみが強かったのですが、

納棺の儀から、意識が変わりました。

親族で祖父に死装束を身に着けさせてあげている時、

まさしくあの世へ旅立っていくのだと感じたのです。


私達が悲しんでばかりいたら、安心して旅立っていけないよね・・

そう思い、これからおじいちゃんが天国からみてて

心配させるような事がないようにしなくては!と決意しました。


翌日、告別式・火葬を行い、おじいちゃんの姿はこの世からいなくなりました。

ただ、上に書いたように、あの世へ旅立ったのですから

きっと私達親族のことをみていてくれているだろうし、何か困ったことがあれば

たすけてくれるんじゃないのかな?なんて思っています。



おじいちゃん、83年間お疲れ様でした!

これからも、私達を見守っててください。