あたし
3年前の日曜日の銀座。
歩行者天国の道端で、人々に書を書く若者が居た。
御代は、お願いした人が決めるのだ。
当時付き合っていた彼と
いつものように銀座をプラプラしている時に見つけ、
そういうのが大好きな彼に誘われて、
あたしもお願いしてみた。
名前と生年月日を教えるだけで、
その若者が筆でスラスラと言葉を書いてくれる。
あたしが書いてもらったのは、
『もえが、
七福神として、
かたいものを やわらかくする
やわらかいものを かたくする
この星の「和」には、全て必要
バランス』
こんなコトを和紙に書いてもらった。
その時以前から、
全てにおいて「バランス」というキーワードは、
あたしの中に根付いていたので、
何だか不思議な気分になったのを覚えている。
ステキだなぁ、と
いつもそれを眺めながらぼんやりと想う。
あたしにそんな力があるのだろうか?
と思ってしまうのだけど、
あたしの名前とあたし自身から得たインスピレーションで、
その若者はそう思ってくれたのだと思う。
今この環境において、
とても必要な力なのかもしれない。
あたしという人間が出来る役割。
色んなモノや人から守られていることも感じる。
時に孤独も感じるのだけれど、
ある意味隔離された環境の中で感じる孤独は、
もっと大きなモノに属していた時に感じる孤独とは、
ちょっと異質である。
あたしもママと同じだ。
ママは自分の体が良くなっていることを、
自覚出来ずにいる。
だから、精神的に快方に向かわないのだ。
あたしも家のコトを色々やることは、
当たり前だと思っている。
無職だから家のコトをやるのが当たり前。
小さい頃から
「家に居る時間が長いなら、お手伝いするのが当たり前」
で育っているから、それが染み付いているのだ。
周りからは、
「偉いね」「よくやってるよ」と言われても、
「だって、当たり前だもん」で返してしまう。
少しその「偉いね」を自覚した方が、
良いのかもしれない。
こうやって、
あたし探しは続くのだろうなぁ・・・。
歩行者天国の道端で、人々に書を書く若者が居た。
御代は、お願いした人が決めるのだ。
当時付き合っていた彼と
いつものように銀座をプラプラしている時に見つけ、
そういうのが大好きな彼に誘われて、
あたしもお願いしてみた。
名前と生年月日を教えるだけで、
その若者が筆でスラスラと言葉を書いてくれる。
あたしが書いてもらったのは、
『もえが、
七福神として、
かたいものを やわらかくする
やわらかいものを かたくする
この星の「和」には、全て必要
バランス』
こんなコトを和紙に書いてもらった。
その時以前から、
全てにおいて「バランス」というキーワードは、
あたしの中に根付いていたので、
何だか不思議な気分になったのを覚えている。
ステキだなぁ、と
いつもそれを眺めながらぼんやりと想う。
あたしにそんな力があるのだろうか?
と思ってしまうのだけど、
あたしの名前とあたし自身から得たインスピレーションで、
その若者はそう思ってくれたのだと思う。
今この環境において、
とても必要な力なのかもしれない。
あたしという人間が出来る役割。
色んなモノや人から守られていることも感じる。
時に孤独も感じるのだけれど、
ある意味隔離された環境の中で感じる孤独は、
もっと大きなモノに属していた時に感じる孤独とは、
ちょっと異質である。
あたしもママと同じだ。
ママは自分の体が良くなっていることを、
自覚出来ずにいる。
だから、精神的に快方に向かわないのだ。
あたしも家のコトを色々やることは、
当たり前だと思っている。
無職だから家のコトをやるのが当たり前。
小さい頃から
「家に居る時間が長いなら、お手伝いするのが当たり前」
で育っているから、それが染み付いているのだ。
周りからは、
「偉いね」「よくやってるよ」と言われても、
「だって、当たり前だもん」で返してしまう。
少しその「偉いね」を自覚した方が、
良いのかもしれない。
こうやって、
あたし探しは続くのだろうなぁ・・・。