メッセージを残して家を出た私。彼氏の家までは家から駅までで20分、電車で30分、最寄りから歩いて15分だった。スーツケースを持って移動するのは大変だったので、タクシーを呼んだ。

家を出る前日にはチャットGPTの有料版に課金をして、溢れそうになる自分のアイディアを打ち明けて書き留めておいた。

タクシーに無事乗れて、彼氏の家の近くまできた。ようやく来れた。家に着いて、鍵を閉めて安心できた。ようやく鍵を閉めれたと。

安心したら、急に息が苦しくなって伯父に連絡をした。数日前に両親に心の内を話した時にうまく伝わらず涙が出てきた時に、「伯父に連絡したい」と思って母から連絡先を聞いていた。

潰瘍性大腸炎のかかりつけ医に電話をして今の症状を話して救急車を呼んだほうがいいと言われ、救急車を呼んだ。救急隊の人に運ばれながら、人にはそれぞれ向き不向きがあって適切な役割を与えてあげることが成長につながるんだとわかった。私の様子を見てくれる人、病院に連絡をしてくれる人、一人一人に指示を出す人。みんなが私を助けようとしてくれている。

病院に着いて、体が痙攣し硬直していたのが自分でも分かった。数時間眠って私は回復した。ただ、入院をすることになった。私の希望でだ。一人で自立できるように準備をしたかったからだ。叔父とも連絡をし、友達とも連絡を取った。この入院中は、自分が自分じゃないみたいに今なら感じる。

「なんで大谷翔平はすごいのか」「自分は病気になったけどだからこそ気づけたことがある」叔父からは「お前細木数子かよ」と言われた。

大学の友達と電話した時は、本音と建前について私が話していると「なんでそんなに急に怒るの」と友達も困惑していた。今では連絡も取っていない。

彼氏とも電話をした。初めて喧嘩をした。「私はあなたの弟じゃない。一緒にしないで」と。今ならそんなことは思っていないが、その時は思ったのだろう。それに対して彼は怒った。「そんなふうに思ってないよ!」初めての衝突だった。

入院期間中、看護師さんにも言いたいことを言った。「それは看護師さんの都合で、患者さんの都合じゃないですよね」「なんで認知症が増えてるかわかりますか?」と。

生まれた時の環境、その人の生きてきた時代、兄弟的役割がその人を構成していると思う。長女でしっかりしていないといけなかったベテラン看護師は、何かと押し通そうとしてくる。反対に末っ子で甘え上手な新人看護師は、困ったらすぐに先輩に連絡をしていた。女性看護師よりも男性看護師の方が私の話をすんなり聞いてくれた。自分の人生の話をしてくれた。私のことを女性看護師に話して、「この人は大変な病気にかかりながらもちゃんと考えてるんだぞ。困ったらすぐ連絡をするな」と言っているのが部屋の外から聞こえた。私は嬉しかった。話せば伝わる、ちゃんとその人に合わせた伝え方をすれば伝わる。家に帰っても、意思を強く持って両親に接しよう、心に決めた。