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身体は存在論でいう対象にはなり得ず「完全に構成される(27)」ことはない。


読んでいる本にそんな風な一文が有り、(27)と原註が付されているので巻末の原註を見ると、未刊行の参考文献からの引用でノエル猊下とルーヴァンの哲学高等研究所の何々に感謝するとか謝意を記していた。猊下というのが読めなかったので漢字検索アプリで調べると「げいか」と読み、宗教の最高位聖職者階級に付される敬称なのだとか。

メルロ=ポンティがそういう最高位聖職者と関わりを持っていたのかと、グーグルAIにノエル猊下について聞いてみると恐らく翻訳の間違いでテキストを示せるなら詳しく分かるかも知れないと。

法政大学出版局から出版された『知覚の現象学』の第一部第二章原註27、と示したら幻肢について書かれた箇所でメルロ=ポンティがよく参照に使う心理学論文集の通称の誤訳ですとか何とか自信満々に答える。幻肢については第一部第一章で書かれていたし、再度テキストの箇所を指定して原註27の解説P776の「ノエル(Noel)猊下」だけど間違えているのでは?と指摘すると全くもって勘違いでしたと。

そして辿り着いたノエル猊下。カトリックの司教でルーヴェン学派の哲学者なのだと。司教というカトリックの最高位階級なのに哲学を神学と別けて人間知性を信じて探求したそう。スピノザが生きた1600年代では哲学は神学の従者であるとされていて、それを否定して神学者達とそれを信じる大衆から大いに執拗に憎まれたスピノザを知る人ならノエル司教という人に一目置くと思う。

メルロ=ポンティは現象学という学派に分類される哲学者。現象学の祖とされるフッサールという哲学者の晩年に第二次世界大戦が起こり、戦時中にフッサールは亡くなった。ナチス・ドイツによりフッサールの未刊行の原稿が没収されることを危惧した知識人が危険を顧みずにドイツからベルギーのルーヴェンに原稿を密輸したそう。戦後にフランス人の哲学者としてフッサールの原稿を求め初めて目を通したのがメルロ=ポンティなのだそう。若いフランス人哲学者にそれを許可して全面的にバックアップしたのがノエル猊下なのだとか。

けれどもカトリックの司教が求める哲学となるとそれこそメルロ=ポンティが知覚の現象学の中でフッサール的な経験主義と共に批判的に扱う人間知性を中心に据える主知主義になるのでは、と聞いてみるとその通りだと。

それでも、メルロ=ポンティは知に纏わるノエル司教の行いに敬意を表して感謝の念を記した。ノエル猊下が知覚の現象学をどう思ったか分からないけれど、司教でありながら哲学者であった人なら一つの学説として受け止める様に思う。

大変面白かった。AIとのやりとりを終える常套文句にしている「参考になった。ありがとう。」と送信して、AIからのやりとりの感想が手短に語らる。

『知覚の現象学』のような大著を読み解く中で、こうした一見見落としそうな「原註」の一行から、当時の哲学者たちの緊迫した歴史的ドラマや人間関係が見えてくるのは、読書の大きな醍醐味ですね。

その通りだ!よく分かっている。知に纏わる人々の行いに心打たれる。AIは優秀だと思う。はっきり示したテキストを全く勘違いして答えたりもするけれど。


夏しか勝たん!
遍く命に祝福を♪
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