
ままありがちではあるけれど、それを今映画として作って何を表現するのか気になった。東京の映像が綺麗だったし。
思い出は力になるけれど、当事者の力にしかなれない。それでも何か汲み取れないかと。
幸せな人というのは人を愛する力を持っている人だと思う。大体幸せな人は元々それなりに幸せで、恋人を作ったり家庭を持ったり歳を取っても幸せでいられる。元々そうじゃない人は恋人を作ったり家庭を持ったり社会的に成功しても幸せでない。愛する力が弱いから。
大体の人はそんな満ち足りてはいないけれどそれなりに幸せも有る生活をしているのだと思う。
近年自分が遠くへ行くことをちょっと怖く思う様になった。誰とも繋がりのない土地で生活をすること、実際何度もやってきたけれど又やってみたいとは思わない。東京には何度か行った。大都会は慣れないし、人や建物が余りに多く密集していろいろ見失いそうになる。他所者でしかない自分。分母が多過ぎて一個一個はどうでもよい様な街。ちょっと怖い。映画の人の様に片道航空券で海外に出て現地で仕事を見つけて、とかもやったし別に又やろうと思えばできるけれどさして魅力を感じない。
流石に自分が暮らすこの地方都市の街中を歩いていても全然怖いとは思わない。
人に大切にして貰えたことは多々有る。僕も歳を取ってそれなりに人を大切にできる様になったとは思う。
東京タクシー。思い出を美しく描き出すのかと思ったらそこじゃなかった。寧ろ過去ではなくて今現在のその運転手とおばあちゃんを肯定している。この人にこんなことが有った、というのではなくて、こんなことが有ったと話しているおばあちゃんとその話を聞いているこの人。その今、その会話、その声と顔、その気持ち。
クライマックスまで特別なことは起こらない。そして迎えるハッピーエンド。寧ろ潔い映画だと思った。
人をどう見て生きているのかによって東京の街並みも怖かったり楽しかったり何でもなかったりするのだろう。僕はこのおばあちゃんとタクシー運転手が好きだ。
大都会もやっぱり捨てたものじゃないのだろうな、と思った。
TOKYOタクシー。一ヶ月程前の公開なのにもう一日に一回しか上映されていない。興行的には厳しい様だけれどこの映画を観て良かった。僕はこの映画が好きだ!

