一昨日ご帰宅していてお出かけ間際になのさまがクリープハイプの憂、燦々(ゆう、さんさん)という歌を歌っていた。クリープハイプなのか尾崎世界観なのかの価値観は大体僕と一致する。PVを観ていたら女の人が彼氏さんぽい人に突然怒られて車を蹴りたくるし突き飛ばされたりするしで、シーンが変わって妊娠したらしい彼女さんが検査キットで彼氏さんに伝えて、別のシーンで何処かのお店で他の女の人と仲良くお酒を飲む彼氏さんがその後店を出て彼女さんに手を振って、そのまま女の人と二人で何処かへ行ってしまうのを彼女さんは黙って手を上げて見ていて、二人が見えなくなるとその場に崩れ落ちた。そこにクリープハイプが出てきて歌っていて、彼女さんがボーカルに激しく詰め寄って胸を叩いて泣き崩れて、クリープハイプが歌い終わろうとしていた。
おい、待て、そのまま終わるつもりか?と思っていると丁度りぼんちゃんがやってきたから説明していたら本当にそのまま歌が終わってしまった。
本当にそのまま終わった!何を表現したいのか分からない!とりぼんちゃんに訴えて、クリープハイプなのにどういうことかと家に帰ってすぐさまいろいろ調べるとそういうことかと納得した。
歌詞に注目するとこの歌がいわゆるダメ男との恋愛関係に依存してDVを受けても浮気されても結局許してしまう女の人の心情を歌った歌だと分かるそう。確かにそんな歌詞だった。取って付けた様な希望や勇ましく立ち上がる様なシーンを盛り込まず、どうにもならない様なものをそのままに描いて寄り添おうとしているのだと思う。否定したくないから。それが結果として僕の心をざわつかせたw

ヒヤシンスの水耕栽培。
冷蔵庫で10日間(本当は一、二ヶ月間らしい)冷して寝かせた球根を11月から取り出して根に水を与える。

10日経って元気な根が伸びてきた。
人間は不完全な生き物だと謂うからね。誰もが大なり小なり自己に対する幻想を持っている、とも謂う。そのままではダメだと知りつつ求められるものをできるだけ与えることしかできない様なものは相手への愛ではなくて自己愛でしかない。それでも自分の人生は自分が決めるものだから、自分が納得できないなら納得できるまでやるしかない。当人にとってそれは正しい。ちゃんと自分で選んだことだと強い気持ちで臨むならいつかちゃんと自分で納得できる結末を得ると思う。自分の弱さを知らないと相手の弱さをちゃんと理解できないし、自分のどうしようもなさを知らないと相手のどうしようもなさをちゃんと理解できないしね。けれども強い気持ちになれずに自分を被害者として嘆いたり人を責めたりしかできない人もいるし、PVの女の人もたぶんそんな感じ。それでも10年20年経てば生きる力を取り戻して笑うことも有るだろうし、その気になれば幸せになる努力をすることもできる。どうにもならないものはどうにもならないけれど、頑張って生きてほしいと願う。
人騒がせなPVだったけれどクリープハイプはやっぱり感心する。
^_^

