ソシュールの本と最近のこと。 | シマ紙のブログ

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フェルディナン・ド・ソシュール(1857-1913)ジュネーブの人で近代言語学の父と称えられる超有名な言語学者。後世への影響は凄まじい。
ソシュールの言語学は言語哲学とも呼ばれてその構造分析の手法を取り込んだとされる構造主義哲学が興り、1900年代半ばに当時の哲学界を刷新してポスト構造主義を輩出して今に至る。
ソシュールは若くから天才と評されていたけれど言語学教授として1906年から1911年の間にジュネーブの大学で行った一般言語学講義がもの凄く有名で、ソシュール没後に当時の2人の学生によりその講義が纏められて一般言語学講義というそのままのタイトルで出版された。ソシュール自身は著書を出す計画は持っていたが納得できる研究成果には至らず、結局一冊も本を出さなかった。出せなかった。
一般言語学講義以外にもソシュールの研究テーマは幾つかあり、特に最晩年は伝説や神話の研究にも没頭していたという話は知っていた。その伝説・神話研究が本になり和訳されているとは知らず、何年か前にたまたま見つけて即買いた。
読むのに何年かはかかる分の本を揃えていて漸くソシュールの神話・伝説研究を読み終えた。

ずっずが前に推していたランチパック苺ジャム&マーガリン。これはこれで美味しいね!

ゆいちゃんが食べてぷっちが食べて、きよしが食べたなら僕も食べねばなるまいと食べたお芋の三角パイ。美味しかった!

ソシュールの伝説・神話研究。元々出版する様に書かれた文書ではなく、膨大なソシュールについての後世の研究の中で見つかった草稿やメモの類を集めた書物であり、そうと分かってはいたけれど思ったより難しいと言うか分かり難いと言うか。

主としてかの有名なニーベルンゲンの歌という叙事詩を扱っていて、ニーベルンゲンの歌は読んだことがあるけれどもその叙事詩や伝説の元になったであろう諸々の伝説や歴史的事件や人物達や、そういうのが知っていて当然と説明もなしにバンバン出てくる。一応註解は有るけれどもね。まあ分からない。草稿やメモの寄せ集めだからすぐに違う話しになるし。

正直余り面白くはない。若かりし頃の手紙とかデッサン付きの創作物語とか味わい深くはあったけれども、ソシュール好きにしかウケない本だと思っていた。

ところが!230頁程の本編を終えて僅か10頁程の訳者あとがきが秀逸だった!それを読む為にここまで読んできたと思わせられるほど良かった。


コニタンさんがSNSにアップした写真。静かだ、って。美しいね。


この前ひょんなことからオーダー枕体験なるものを受けてみるとびっくりする位に良い枕だった。
枕一つに三万超えは出せなかったけれどとても欲しくなった。凄いね。ジャストフィットで気道の確保は大事らしい。いつか欲しいな。

虹を見た。仕事中にこっそり撮影。
世界で虹は主に6色か5色として見られる。吉事の象徴とも凶事の象徴とも見做される。
僕の目には綺麗で良いものだ。

晩年のソシュールの伝説や神話研究への没頭について良かれ悪しかれいろいろな説がある。中には一般言語学講義の研究に先が見えない中で自らを慰める様に別の研究に没頭したいわば逃亡だとする説も有る。ソシュールが世界的に名誉となるコレージュ・ド・フランスの言語学教授就任を断ってジュネーブの大学教授に就いたのは愛国心ではなく、自身に対する周りの評価と自分の研究に対する自身の評価の差から喜べなかったからだと思う。学生達や誰彼から書籍をと勧められるとソシュールは確かなものなど何も無いとか、我々言語学者が言えることで本当に意味の有ることは何も無いとか、そうこぼしていたそうだ。
現代哲学では当たり前のことになっているけれど、あらゆる事物に自然本来的にそのものとして予め存在しているものなど何も無い。ソシュールの言語学は突き詰めるとそういうことになる。確かなものなど何も無い。では我々の意味や価値とは何なのか、その答えをソシュールは出さなかった。

なのめきライブの後でなのさまが美味しいと言っていたおにぎりを食べた!美味しかったよ!

BOBCAFEにこつぶさんとはるかさんの本が並んでいた。素敵だ。

関東在住のはるかさんが出版記念イベントを大阪でも開催した翌日にBOBCAFEでプチサイン会をするとのことで。
大変楽しかった♪

ソシュール研究史において伝説・神話がどの様な扱いを受けてきたか、ということから始まった訳者あとがき。
一般言語学講義が余りにも有名過ぎてそれ以外の研究をしていたソシュールとで、まるで二人のソシュールがいるかの様に扱われもする。一般言語学講義では記号学的実在を認めて伝説・神話研究の方では神話的記号の実在を認めないのは矛盾だという論文を出す学者がいれば、それを論駁する論文を出してその両者は本質的に異ならず両方実在するとする学者もいる。そういうのが幾らでもある様だ。元々ソシュールの講義を受けていた訳では無い二人の学生によって出版された一般言語学講義が必ずしもソシュールに忠実ではないことが後の研究で解ってきたりと、ソシュールは学者の中で最も有名な部類の人でありその学説が最も誤解されてきた人だとも言える。

ナノリタン!美味しかった♪

良いね。

家のマンションのすぐ隣のお店。
昔ながらの良い感じ。

ソシュールによれば伝説を紐解いていくと大体は何らかの歴史的人物に行き当たるそうだ。ある民族の中でとても優れていて何事かを成し得ただろうに、結局何もできずに早逝した人物。皆に愛されたその人物を惜しみ称える人々の思いが竜や魔法の指輪を持つ小人から得る戦利品でかの人物の物語を飾ることにもなる。
伝説に実体的な実在など存在しない。一般言語学講義のいう言語学的実体なり実在体は言語記号として扱える最低限の単位を求める為に出された説明であって、記号をそれ自体で記号として実在するとしたのではない。
実在するのは記号ではなくて音やインクや身体等の記号の要素でしかない。それら実在するものさえ自己原因で存在する実体を持つとは言えない。

会社の慰安旅行で夢前町塩田温泉の温泉宿へ行ってきた。
部屋から見た田園風景。
宴会が始まる前に露天風呂やサウナを楽しんだ。

豪華なお食事。美味しかった。

日本酒飲み比べ。

素敵なデザート。

翌朝、旅館の庭。
前夜の宴会後に旅館内のカラオケで二次会、誰かの客室で三次会とあったけれど、僕は宴会後に自室に戻って酔い潰れていたw翌朝に個人旅行ではないのだから二次会位は来るようにと注意を受けた。難しいね。
朝一で温泉に浸かり心地良かった。

朝食ブュッフェ。美味しかったよ。

良い慰安旅行でした。来年はちゃんと二次会まで頑張りますw

伝説を紐解くと何でもない歴史的事実に行き当たり分解される。
言語を紐解くと何でもない音と概念に分解され恣意的なもの以外何も残らない。必然的なもの、自然本来的なもの、確かなものは何も無い。
ソシュールの態度は一貫している。構造を分析し、諸要素に分解し、言語学者として言語研究を通して人間を知ろうとしていた。剥ぎ取ったもの、剥ぎ取る力に勝ち名乗りを上げるのではなく、ひたすらに探究を続けた。
言語記号とは人が人に何事かを伝えようとして事物を確定させそれを伝えようとする行為そのものだと言える。ソシュールの記号学は人間という概念自体も分解させるけれど、人間にとって事物を確定させて人に伝えるということは確かな行為だ。人に伝える、人と関わる、人と生きる人間の営み。ソシュールを通ってそれが見えるのなら、ソシュールも浮かばれるのではないだろうか。
ソシュールの伝説・神話研究の訳者あとがきを読んでそう思えた。僕にとって大変素晴らしい。最後のその僅か10頁程で一気にこの本の評価が爆上がりした。
とは言え本編自体は余り面白くないので星5つ満点で評価するなら星2つだったのが星4つ評価で♪

慰安旅行が朝食後に解散だったのでオープンからBOBCAFEに行けた。ハロウィンコスプレイベント開催中の中、ソシュールの伝説・神話研究を読み耽ってクローズ間際に読み終えて、訳者あとがき凄えと一人感動していた。

しんいちさんwww
ガハハハと豪快に笑うこの人好きだ。
大の常連さんでフリー素材なのだそう。

シュールだ。

次の読書予定は珍しく小説。アメリカ人作家のダニエル・キイスの超有名な小説、アルジャーノンに花束を♪
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