
哲学が好きだ。
しかしちゃんと学問した訳ではないので基礎知識が無い。
ポスト構造主義に分類される23年前に亡くなったドゥルーズという哲学者が一番好きなのだけど、他の学説、殊に史上最も有名な部類のプラトンやアリストテレスのギリシア哲学はいつか読みたいと思っていて、プラトンの「テアイテトス」「プロタゴラス」「国家」、アリストテレス「形而上学」「ニコマコス倫理学」を読み終えた。
諸天体が地球の周りを回り、人間が宇宙の中心に住む万物の霊長であった古代ギリシアの哲学から、次は一気に現代に戻ってジャック・デリダへ。
と思って燃えていたら、本棚に未読の17世紀デカルトの「省察」、18世紀末ニーチェの「悲劇の誕生」が有った。
ドゥルーズに戻るにはまだ時間がかかりそう。
しかしその前にこないだコンビニで衝動買いした「眠れなくなるほど面白い、微分積分」という本を読む♪
中卒である事を後悔した事は無いけど、幾つか高校とかで学ぶ基礎知識を羨ましく思ったりはしていて、微分積分はその一つ。
微分積分って結局何?知りたい、萌えるw
アリストテレスは愛(フィリア)を互いに善きようにと望む活動であり、善き人とは自分とも他人とも協和するものだと謂う。
善き人とは幸福になる事が出来、幸福とは徳に則った活動が産むものであり、それら幸福や愛の類似的なもの(つまり憧れ)が我々世人のそれだと謂う。
はてはて。
男って意外と弱いからね。
守りたい、支えたい、何よりも大事に思う、とか言いつつ実際には相手に守られて支えられ大事にされて安心させていて貰えないと愛する事も出来なかったりね。
小さな愛と、大きな慈愛。
慈愛、若しくは願い、かな。
子供の愛と大人の愛ってやっぱり違うと思うし、僕は自分が大事に思うものを大事にしたいと願うし、大事に出来る様に強く大きくなりたい。
傷付けたと思っているのが困らせただけだったり、怖がらせたのが現実には嫌がらせただけだったり、繊細と言われると聞こえは良いけど要は子供だった自分をとても小さく思う事が多々ある。
だから自分の事を自分でちゃんと出来ないと男として頼られないと思うし、出来れば相手に苦労を見せずに笑って貰うより、自分がそうあれる様に格好良くなりたいね。
愛とは大事にする事だと僕は思う。
しかし、人一人を丸ごと大事にするのはとても難しいことだ。
それでも大事に出来る様になりたいと願うし、四苦八苦しながらでも何とかどうにか大切に思うものを大切にしたい。
ある意味、哲学とはそういうことだと思う♪
(^-^)