シマ紙のブログ

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インスタで時々あのちゃんが流れてきて好きな雰囲気のにはイイネ付けたりしていた。去年のクリスマスイブに『哲学なんていらない哲学』というタイトルの本を出版するとのことで、気になって買っておいた。
哲学に頼らずに何をどう求めるのか。興味深い。
僕は哲学が好きだし僕が哲学を必要とするのは哲学を勉強でもしなければ知ることができないことを知りたいから。人間と呼ばれる存在者に纏わる懐疑の答えとかねwけれども結局方法が違うだけで求めるものは大体同じであったりする、のだろうなとは思ったけれどなるほどと。思ったよりも思った通りで、思っていたよりずっと重くて強かった。
復讐。それだけが全て。それが高校を中退して業界に入ったあのちゃんを貫く衝動。ただし独自の復讐ルールがあり、相手を蹴落としたりズルしたりはせず、あくまでも実力で勝って自分を虐めた奴らを後悔させること。その為に普通のことができない自分を変えずにそのままの自分を世間に認めさせて大きくなること。
味わった苦痛を思い知らせるのではなく、自分を大きくして苦しまずにいられる様になろうとする願望。それはもう自分で自分を救おうとする自己救済願望だと言える。許さない、復讐する、という言葉がお前達などに負けないと言っている様で、具体的なイジメの話しに主とした憎しみを感じない。戦っているのだと思う。
あのちゃんは小学の低学年の頃から皆が普通にできることができずに女の子達からも男の達からもずっとイジメられていたそう。普通のことが普通にできない、どうかすると普通に喋ることさえできなくなる。先生達は寧ろ普通のことができないことを責めた。貶され、面白がってバカにされ、皆に見下され、暴言を吐かれ、怪我をさせられ、ずっとそんなことが続いた。復讐ノートを作ったりしたけど復讐ルールを既に設けていた。高校に進学して変わろうと努力したけどやはりイジメられる様になった。
イジメっ子はイジメられっ子の気持ちを考えたりしないし、どうかすると人間扱いしない。そんな奴らを人間として見られなくなっていくのも道理。同種の生き物の中で自分は同種だと認められない様な緊張した日々。高校を中退し地元を離れても人が苦手で、知らない人にじっくり集中して自分を見られることが極端に不安で、バイトの面接だの作曲の為の一対一の打ち合わせだので何も喋れなかったり吐いたりする。情緒が定まらない。復讐が支えだった。地下アイドルとして必死に頑張って、脱退しても音楽が好きでミュージシャンになって、喋り方も態度も変だと叩かれ、成功している人気ミュージシャンにあのちゃんが武道館に一人で立つのは無理だろうとバカにされたりした。去年武道館での単独ライブを開催して成功を収め、ステージで「バカにしたアーティスト共、ザマーミロ!バカヤロー!」とか叫んだそうだ。
傷の上を傷付けて黙らせる、湧いてくる呪いに新しい呪いを被せて抑え込む。幸せを求めていない、ただがむしゃらに生きようとしている。でもそういう姿に安心したりもする。人間は人間を見つけると安心する。自分と似た人間を探してしまう。
復讐なんてやめなよ、と人に言われたことがあるそうで、自分の全てがかかっているそれを復讐「なんて」と軽く扱われた様で許せなかったと。それならばとあのちゃんは哲学「なんて」知らない、哲学「なんて」いらないと声を大にする。生きる意味なんていらない、自分が何者かなんて知らない、ただ「あの」でいい、今を生きることが全てだと。そう思うのは生きる意味を、自分は一体何なのかを考えてしまうからだろう。結局そうして哲学の下に生きている、とあのちゃんは言う。哲学の始まりは必要な物事に対する弱さと無力さの自覚、というからね。そうして考える人が好きだ。そしてあのちゃんは、哲学なんていらないという哲学を示した。
そういう一つの生き方。今実際に生きている大変素敵な一人の女の子。大変素敵な一つの生。生き抜いてほしいと願う。

朝日。
うにちゃんがあのちゃん大好きであのちゃんの本も読むと言っていたけど読んだかな。
大変素敵で面白かったよ。
家庭環境、イジメ。世の中いろいろ有るね。光と闇と生き物達。
僕は遍く命を祝福したい♪
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