tomo777のブログ

tomo777のブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
すっかり間を空けてしまった。
遅ればせながら、キッカケでありもっとも狙っていた7月の大会から再開する。

この大会、マスターズとは別物、某社グループ会社含めた社内の陸上競技大会。
正直、マスターズとはレベルが違い、ケガをしない限り優勝は間違いない自信。
あとは記録のみ、でかなり気合いを入れていた。
こうなると、30年前同様、有言実行すべく自分を追い込む臨み方は変わらず、多方面に観戦に来ること呼びかけた。

試合当日、皆んな来てくれた。
嬉しさ…以上に超絶プレッシャー。
もう、後には引けない。

いきなり、一つの誤算が有った。
自分の判断なので誤算、と言うのも適切か疑問だが、会社内の大会なので、会場準備はするは、他者応援するは、とにかく、炎天下、出場3時間以上も前から会場であれこれ…
30年のブランクある年寄りには、アップ前からかなりの疲労…
とは言え、今まで全てをここに合わせ、みんなも集めた当日、結果は絶対に出さねば…

アップ開始、悪くない。
6月大会ではろくに、アップもできず、からすると、良い。
が、流しの途中、自分でも何が起きたか???
急に、足が、重い、だるい、痛い…
大事を取りアップ中断。
一発に、賭けるしかない。

6月の大会、先述の状況下、記録は13秒半ば。
12秒台の手応えあり、公に目標…と言うか
出す宣言をしたが、ここに来て猛烈な不安となる。
いや、最悪は途中棄権?走り切れても6月の大会以下?
不安どころではない。
しかし、30年前は、どんな身体的不安も、精神面で修羅場をくぐり抜けて来た、当時の自分をイメージ、気持ちを落ち着かせる。

前の組みが終わり、いよいよ迎えた瞬間だ。
大いなる不安のまま、スタブロ合わせで軽く出る。
痛みは無い。
これならゴール出来ない可能性は極めて少ない、と、
一番大きな不安は払拭された。
後は記録の不安のみ。

ついに来た。
コース台の前のもっとも緊張する瞬間。
大きな声援が聞こえた。
何とも不思議な程、重みも取れた。
残るはだるさのみ、これならイケる。

ついに号砲は鳴った。
スタートダッシュ、自分としては良くも悪くもなく、の感じであったが、マスターズでは先行され力み、と悪循環に、対し、先行してリラックス出来、の差が大きく、一気に突き放す。
ラスト10m?くらいでキツくなったが、何とかスピード維持、ゴールした。
後に正式タイムでも有った速報記録は…何と自分でもビックリの12”99、0.01秒で有言実行か否かの結果。
思わず、スタンドに向かってガッツポーズを。
ただし、体感はそれ程でも無かったが、直前の身体的状況と記録から、まず間違いなく追い風参考記録だろうと、残念な気持ちと、いや、公認記録で有言実行出来ずより、参考記録でも有言実行の方が良い、と今回ばかりは後者の気持ちが勝った中の正式記録発表…
やはり参考記録の追い風3.0mだった。
毎試合、自己記録更新を狙っていた30年前は、自力ではどうしようもない参考記録に無念さしかなかったが、今回ばかりは”有言実行すべく神風が吹いた”、自分のここまでの努力に神様も味方した、等良かった一心である。

さて、おやじのチャレンジはここで終わり、どころか、今後はマスターズで結果を出して行く、まさにスタートラインに立ったところ。
その後も3試合に出場、3章に続く。











約30年振りに、49歳で陸上競技短距離復活への挑戦中。

昨年の10月からジム通い。
シーズン開始前、3月までは順調に筋トレによる筋力は戻る。

しかし、やはり、走る筋力、体力は全く別物で、トラック練習を始めたら想定以上の衰えを痛感した。

足がもつれる、上がらない、全く走れない自分に情けない限り、もケガしないよう慎重に慎重に、だからスピードも出ない、と自分に言い聞かせる。

週末、3週連続でトラックにて練習後、4週目に恐る恐るスパイクを履いてみた。
流しをしたその日は問題なかったが、翌週またスパイクを履き、スタブロは使わず軽くダッシュした瞬間、やっちまった。
全治1カ月の肉離れ…。

チャレンジ最初に予定していた4月のマスターズは見送り、5/8の試合に向けてリハビリに専念、GW前日に何とかドクターよりGOが掛かる。

早速、GW初日にトラック練習。
肉離れの完治は実感するも、スパイクを履かない流しだけで両方の膝や太もも、あらゆるところに痛みが走り、練習中断。
翌日、痛みは取れていたので再度トラックへ。
今度こそ走れること期待するも、残念ながら、また流しの際に、同じところを、痛みは更に強く、であえなく中断。
さて、ここまで、ほとんどトラック練習が出来ていないも同然、走れば痛み、の状態でまともに走れる訳なく、再度見送るか悩んだ。

しかし、7月末の試合を一番の目標としている中、ここで試合の雰囲気、感覚だけでも経験して体で覚えないと、その試合もまともに走ることは出来ない。
そうなると、今までの努力が水の泡に。
(少なくとも、ジムはかなり時間を使い、
辛いトレーニングをして来ている)
という事で、出場して、ケガしそうならば、途中でやめる【勇気】を持って臨む事にした。
老体では、こう言うことや、痛みや違和感を感じている時に練習を休む、これらは勇気がいること、と自分に言い聞かせている。

試合当日、やはりウォーミングアップ段階で早くも同じ痛みが。
ウォーミングアップも中断し、とにかく
100mに出場。
スパイクは履かず、両足はテーピングぐるぐるで固定等、記録は悲惨なものだった。
その後、さらに痛めた状態、ノーアップで60mにも出場、何とか完走。
二回目も、100mだったら完走は厳しかったかも知れない。
記録だけ見ると、情けなさと、7月末の試合への不安ばかりだが、こんな状態で2本とも棄権せず走れた自信と、しっかりと試合を体感したことは、今後の励みになった。

次の試合は、6月のマスターズ。
1カ月強で、どこまで持って行けるか?
まともな練習はいつ出来ることやら?等不安を抱えて一週間後からトラック練習再開。
依然として、走るたびにあちこち痛くなる。
今回は、すぐに試合が有る訳ではないので、サポーターやテーピングをして、多少ムリをしながら再開初日からスパイクを履いて流してみる。
まずは120m…長い。
相変わらず走れない不安、情けなさが有る反面、再開後初めてスパイクで走ることが出来て満足も。
これを機に、平日も出来る限りトラック練習をするようになり一週間、再開後初めてのスパイクとスタブロでスタートダッシュをしてみる。
まずは、出だしで肉離れ無く安心。
次に、瞬間だが全力が出せて、「走れる自分」を初めて実感。

さて、ここから更に自分がチャレンジしていることの厳しさを改めて痛感することになる。
ここまで来たにもかかわらず、翌日、またやっちまった…。
今度は、肉離れ程重くないが、ふくらはぎとアキレス腱の間の炎症で全治一週間。
ドクターのGOが掛かったので全治と言ったが、走る度にこうなること、その不安は常に抱えてのチャレンジである。

こんな状況下、一週間後いよいよ試合を迎えた。
今回も、結局のところ、トラック練習はほとんど出来ていない。
ケガしないか?の不安が尽きないまま等の出場、にしては、今後の糧となる結果は出せたと思う。
だだし、この程度では、一番狙っている大会で満足な結果は出せない、不安と課題を残した結果でもある。
残り1カ月強、今度こそケガしないようにして、トラック練習を積み上げるぞ、の気合いで明日からもチャレンジは続く。