みなさん!昨今のテレビに満足していますか!私は大いに不満ですよ!確かに面白い番組はありますし、AKB もAKB グループも乃木坂も欅坂も好きですし、お笑いも好きですし、さんまのお笑い向上委員会もめっちゃ楽しみに観ているし、「あさが来た」もめっちゃ楽しみに観てましたし、アニメもジョジョをめっちゃ楽しみにして観てますよ!でも何か不満なんですよね!なんなんですかねこれは!別にデータや資料の用意もないし気ままに書いていきますよ!まずね!「いいとも」ありましたね!「いいとも」!「笑っていいとも!」ですよ!ほら!あの!タモリ!あの!タモリ!がやってた!長く続いていた番組ですよ!この頃「ごきげんよう」も終わっちゃいましたけどね!どうしますか!つまりですね!「いいとも」という超番組があったわけですよ。番組終了の数年間もタカトシとタモリさんとの絡みとかハライチ澤部とタモリさんとの絡みとかいろいろ観るべき所はありましたし香取くんもなかなか高次元なボケ司会をしていましたよ。非常にハイセンス、洗練の極みに達しておりました。「いいとも」なのです。これを「タモリ論」とかから始めたり番組開始時から始めるのは私の手に余るので番組終了前の2~3年の動きについて少し考えてみたい。「笑っていいとも!」は時代に敏感で時の人とか時代の半歩前の人とかどんどん出演する印象がある。ジャンル問わずに。これはタモリという芸人の恐るべき教養の幅と類い稀なる対応力の為せる技なのだろうけど制作サイドもいろいろ考えてやっていたんだろう。特に番組初期は時代の流行り的な物やタモリの資質的なものもあるのだろうけど普通の芸能人と所謂文化人の出演が半々くらいの印象だった。あとは「面白素人」とか「変な外国人」なども。あと「お色気」もあり、タモリと鶴太郎が半ば本気で「ガル~~」「こりゃたまらん!」と発情していたのがなつかしい。タモリさんも40代の頃であろう。まあタモリさん個人への印象としてはその「毒」や「意地悪な感じ」が私が子供だったこともあり嫌いだった気もする。それはいいとも開始前から開始後数年くらいだろうか。私も小学生であった。タモリの巨大な知性や批評性や怪物的なセンスは理解出来なかったであろう。私のタモリ評価、というかタモリ愛はむしろ世間が冷めて来た頃からかもしれない。(今現在はタモリ再評価というかタモリ好感度は世間的に非常に上がっていると思うが)タモリ自身もボキャブラ天国かなにかでふともらしていたが1980年代後半から1990年代前半はスランプだったのではないか。しかし1990年代後半から吹っ切れたかのように突き抜けたかのように番組内で自由な動きを見せるようになった。「客席との対話型」から「自分の世界に没入しやりきる」という転換にも思えるが芸として見事に成立していた。1997年あたりから異様な輝きを放ち始め、それは番組終了まで続いていたように思う。まあテレビの世界は残酷でどんなにいい番組でも裏番組に負ければ終わるしかないのかもしれない。全員集合、ひょうきん族、加トちゃんケンちゃんのデッドヒートのように。話を「いいとも終了までの数年間」に戻すと、最後の数年間で「新たなスター」というかいろいろな人物が登場した。例えば指原莉乃や武井壮、久保ミツロウや桐谷広人、ウエスPや坂上忍、などである。どこかのメディアでグイグイ来た人物をいち早く引き上げる、といった感じなのだろうが、なかなかの面子である。他にもローラや林修、千原ジュニアやタカアンドトシ、ハライチ澤部などだろう。皆さん御活躍のようであるが、指原莉乃の頭の回転の速さやセンスの良さ、久保ミツロウや桐谷広人の引き起こした爆発的な笑いは記憶に残っている。そして結局の所フジテレビは「坂上忍」を「タモリ」の後継者に立てた。という事になっている。「毒」「毒舌」が大衆に愛されるというのはある。最近ではマツコ・デラックスや有吉弘行、古くはビートたけしやまさにタモリ、単発的には橋田壽賀子や野村沙知代、杉田かおるや、デヴィ夫人や西川史子などだろう。「本音、毒舌キャラ」である。これも簡単ではなく、センスやバランス感覚や知性、陰湿にならないキャラクターなどが必要だろう。「単発」といっても西川史子などは長く出ているし、たけしやタモリも現役だが。坂上忍がどのくらい人気があるのかわからないが、私の見立てでは瞬発的なものだと思っていた。今後「バイキング」や「坂上忍」がどうなるかわからないが、フジテレビとしては「報道ステーション」の古館伊知郎みたいな感じで長期戦で考えているのであろうか。まあ、私の「テレビへの不満」というのは「坂上忍」や「バイキング」への不満という事ではないだろう。また久保ミツロウなどについても考えてみたい。それではまた。