以前このブログでこの歌詞の「気づかない僕だけの花でいい」という部分を「主人公の錯乱した心情の表現」というふうに分析したと思うが、改めて考えてみると「気づかない」の前にある「みんなは」という言葉が省略されているのではないか、と考えた。つまり本来の文章としては「みんなは気づかない、僕だけの花でいい」ではないか。そこで思った。この「花」というのはその「好きな女の子」の事のようでもあるが、つまりその花の美しさを理解しているのは自分だけ、という気持ち。というようなふうにも取れるが、「自分自身の恋心」の事かもしれない。自分だけのみんなは気付かない恋心。それが「花」。そういう意味かもしれない。その省略が省略だとして、それが何らかの「効果」を狙ったものなのか(スピード感など)、言葉数の都合なのかわからないが、「省略」ということだとタイトルの『希望的リフレイン』も省略があるように思える。このタイトル、少し不自然ではないか?希望的がリフレインなのか、リフレインが希望的なのか、「希望的」というのを「前向きな気持ち」と変えてみると、前向きな気持ちがリフレインする。とか、リフレインの内容が前向きな気持ち、となる。意味としてはそれでいいと思うが、『希望的リフレイン』で省略されているのは「観測」だろう。『希望的観測リフレイン』『希望的観測のリフレイン』これが「省略しないバージョン」なのではなかろうか。しかしやはりこれではいささか冗長である。説明的すぎる。『希望的リフレイン』だと、意味を考えると、えっ?何?という感じだが、やはりかっこいい。それとこれは「リフレインの質」が「希望的」ということかもしれない。「デフレスパイラル」とか「どんどん悪い方へ考える」とか「負の連鎖」とかいうが、その反対。この曲はよく聞くと「前向きな失恋ソング」にも思える。「始まる前に終わっている」そんな切ない初恋の歌。でも希望が、喜びが、永遠に反復し続ける。僕の心の中で。『希望的リフレイン』。