Eテレで再放送の100分de名著スペシャルを観た。とても面白かった。「日本人とは何か?」というテーマで各々が過去の名著を持ちよって語るのだ。余りにも濃すぎて番組の概略はよしておくが、河合隼雄さんが日本神話から取り出した「中空構造」や「無」や「空」「うつろ」などが日本人の本質的な無意識としてあるようである。木のうろの様に空っぽなのだがその中では極彩色のバイブレーションがう渦巻いている。変幻自在、柔軟な、神出鬼没、無節操、無責任な国民性。責任者を追究してもそこには誰もいない。不気味な空気だけが渦巻いて人々を動かしているのだ。白か黒か、善か悪か、の二元論ではない中空構造を含んだ三項構造。その「空」が無意識として日本人を動かしているのだ。その感覚は欧米人にはないものだが鈴木大拙の禅の紹介がアメリカのヒッピームーブメントに大きな影響を与えたのだ。アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズ、ビートルズやスティーブ・ジョブズに。自己と対象が未分化な主客のない世界に魅せられたのだ。日本人自身も気づかない日本人の精神性の核心に魅せられたのである。停滞気味の日本文化は芸術でも哲学でも技術でもここで一発欧米に、世界に、日本人の素晴らしい精神性の結晶である新しい何かをぶちこまなければならないだろう。クールジャパン的なアニメやマンガがすでにそれなのかもしれないが。この文のタイトルにした「デビルマンとアイアムアヒーロー」というのはここの日本人の「中空構造」というものを現しているのではないかと思ったのだ。日本人は歴史的に自分は空っぽで中国や欧米の文化、文明を否定、拒絶、排除することなくとりこみ、その空っぽの内部で異様な進化、発展、変形をさせてきた。そしてその力をもってして「外敵」と戦うというスタイルをとってきたのだ。これは「デビルマン」「アイアムアヒーロー」あるいは「寄生獣」あるいは「仮面ライダー」もしかしたら「AKIRA」とも共通する構造なのかもしてない。「敵の圧倒的な力」にまず半分支配される。脳や精神の一部を除いて身体が占領、侵略、支配、奪われる、乗っ取られる。しかしそこからその敵からもらったその力を使って反抗の戦いを始めるのだ。脳意外ショッカーに改造された仮面ライダがショッカー基地から逃げ出してショッカーと戦う。悪魔の力を身につけた悪魔と戦うデビルマン。アイアムアヒーローも何だかこれからそうなりそうな雰囲気である。「AKIRA」はどうなのか?「AKIRA」はそもそも何と何が何と戦っていたのか。何か宇宙的な力。生命の、存在の、根源的な力、その力を発現させる存在とそれを巡る戦い。そしてその戦いを経て一つ上のステージへと行く人類。そんなイメージだろうか。その力を発現させるのも進化する人類も「かしこまった大人」ではなく「こども」であった。これがまた世界の中の日本人とかネオテニー的なものとかを喚起させて面白いのであろう。「日本人はこどもである」というのもあるかもしれない。それは「オタク論」や楳図かずおの「14歳」問題にも繋がることだろう。