以前も書いたけどまた思うところがあったので書いてみたいと思う。しかしそれにしてもSKE48の『未来とは?』は超名曲だと思う。まあそれはとりあえず置いといて、AKB48とは前田敦子の未来のことである。という秋元康の言葉についてであるけれども、やはりここまでAKB48を見てきて思うのは「世代交代」は避けられないということ、「世代交代」がうまくいかなければAKB48の未来はないということだ。秋元康がAKBグループをプロ野球や宝塚のようなものにしたいというプランは知っていた。しかしイマイチ体感していなかったのかもしれない。それは旧来のアイドルの形に慣れていて、あっちゃんや麻里子さまやたかみなの、あのAKB48が永遠に続く、続いて欲しいという幻想を、過去のアイドル史を見ればあり得ないことはわかりきっていて、自分自身永遠の存続を願っていたこともすっかり忘れてしまい、新しいアイドルを見つけるという茶番劇が繰り返されることははっきりしているのに都合よく隠蔽してしまい、このままのAKB48にこだわり続け、「世代交代」というものをいまひとつ積極的に受け入れられずオリジナルメンバーの永久存続幻想を持っていたのかもしれない。ある意味冷たい視線で見れば同一グループの永遠存続には世代交代は欠かせない。よく考えたらというかよく考えなくても「日本人」も「人類」も130年ぐらいすれば全メンバーが入れ替わる。それは頭ではわかっているがピンとこないというかピンとこないようにわざとしているようなところがある。みんないつかは死ぬ。みんな入れ替わる。という真実なんだけどあまり考えたくない真実。それを忘れて生きているところがある。そんな人生の中で日々メンバーは「卒業」していく。人類の「オリジナルメンバー」はとっくにいないのである。なんとなくぼんやりとこの仲間たちが永遠に続くと思ってる。でもそんな事は嘘でいつかみんないなくなることも知っている。でも「日本人」や「人類」は続くだろう。続いて欲しいと思ってる。アイドルグループ解散の宿命をプロ野球的世代交代で乗り越える。「個人」ではなく「種族」なのだ。なぜ「AKB48とは前田敦子の未来のことである。」なのか。AKB48のコンセプトとして「夢をかなえるためのステップ」というものがあったと思う。しかしAKB48が成功しすぎてしまい日本の芸能界のトップになってしまったことで奇妙なねじれというか「未来の消失」とでもいうべき状況が生まれてしまったということはあると思うけど、やはり「有望な新人」にどんどん入って来て貰うにはAKB48の初代顔である前田敦子の未来が魅力的に輝くことが必要だ。その意味でAKB48の未来は前田敦子の未来にかかっているとも言える。前田敦子の未来次第でAKB48が変わってくるとも言えるのだ。「AKB48とは前田敦子の未来のことである。」とはそのような意味なのかもしれないと思った。