これは昨日観た映画だがこれも凄かった。今日もファスビンダー映画祭に行き『不安が不安』『マリア・ブラウンの結婚』『ベルリン・アレクサンダー広場第1話』を観たが。どれも非常に面白かったが続けて観ると濃密すぎて混乱するというかぼんやりしてしまう。とりあえず昨日観た『自由の代償』の感想を書いてみたい。『マルタ』では女主人公が支配されることを望みつつも逃走を図り逃走に失敗する。『自由の代償』では主人公フランツ・ビーバーコップは「自由な場所」にいるように思える。アングラ感漂うゲイコミュニティで貧しくとも楽しくやってるように見えるのだ。しかもロトで30万マルク当たって大金も手に入れた。まさに「自由」に見える。作品解説ではビーバーコップがブルジョア階級から搾取されると書いてあったが単純に騙しとられた感じだ。それに「ブルジョア階級」と言っても常に倒産寸前の綱渡りでそんなに大きな会社でもなさそうでなかなか大変そうだった。しかし超貧乏な人々とそこそこ上手く行ってる会社の経営者の人々とは随分違うということだろう。食事場面でのマナーなどでそれは表されていた。気楽な貧乏人ワールドというか気取りの無い厳粛さのないルール無用のなんでもありの振舞い。それは「ブルジョア空間」では見過ごせない無礼な行いなのだ。ファスビンダーの映画を何本か観てこれは良く出てくるテーマに思える。高尚な教会音楽みたいな音楽と下品で低俗で肉体的なロックや歌謡曲の対立みたいなもの。「自由」といえばそんな「ロック」的なものだがビーバーコップはその「代償」を払うことになる。金を騙し取られ街に放り出されたビーバーコップは破滅へ一直線だ。さっきも書いたがこの映画は階級間の搾取というより無知でお人好しの主人公が大金を騙し取られる話と言った感じだ。映画を観たあと思ったのだがビーバーコップはまさに「天使」なのではないか?本来宗教画などに描かれる天使は少年というか幼児であるが映画のラストシーンで本来天使的である少年がビーバーコップに非道な行いをするところなどはファスビンダーの皮肉が効いていると感じる。ビーバーコップの食事シーンでの無垢な行いなども「天使的」である。それは「上流階級のルール」に「禁じられた自由」を野蛮に叩きつける。というか、軽やかに不意に放つ。ビーバーコップは現代の天使である。と言ってみたくもなる。現代の天使は悲劇的で惨めな容貌をしているのかもしれない。