指原莉乃の奇妙な魅力に魅惑され、いつの日かさっしー主演の『壮大なバカ映画』の制作を夢みる私。総選挙で投票したのは生駒ちゃんだけど…。しかし映画の主演にはさっしーを使いたい。怪物女優さっしーを。その狂気を孕んだ瞳。ド変態を感じさせる顔つき。これは世界的な女優になる。そんな妄想をしているのだ。だからこの映画の監督は夢を叶えた男である。たいへん羨ましい。だからつまらなければ優越感に浸り、面白ければ参考にしよう。そんな気持ちで見た。結果はどちらでもなかった。「思考の材料を無限に引き出せる」。そんな映画だった。表層的に観ればさっしーはまあまあかわいく撮れてるしギャグも落第点ではないし話の展開も悪くない。ちなみにラストに流れる曲は最高である。そんな映画である。しかし少しだけ努力してこの映画から「問題」を引き出そうとすると莫大な、巨大極まりない問題が引き出されるような気がするのである。つまり思考を刺激されるのである。つまりいい意味で「考えさせる映画」なのである。さっしーは不運に見舞われる。しかしそれは不運なのか幸運なのかわからない。まさに「人間万事塞翁が馬」である。絶対にあり得ないような「幸運」がその時のブー子には「不運」だったり、あり得ない「不運」が「幸運」に結びついたりするのだ。ひとつの物事、現象も、意味づけや考え方でまったく変わるし、それが何に結びつくかわからない。スティーブ・ジョブズの母校の大学での演説のようだがその時は点でしか無いものが後から振り返ってみると運命のような線を描いているのだ。どんな物事も両面あるとか考え方で世界は変わるとかいうメッセージを受け取れるのだ。しかしそれだけではないのである。やたらと「金の話」が出てくるのがポイントである。ユースケ・サンタマリアはバイトを18個掛け持ちしている。これはにっちもさっちもいかない経済的理由である。虚栄とも言えるが。「虚栄」とか「偽物」とか「本物」とかもキーワードだ。お金の話に戻ると考え方を変えるぐらいではいかんともしがたい面がある。社会構造や様々な前提条件の壁が分厚いのである。妄想の世界でどうにでもなるとも言えるがユースケがバイトを18やっている事実に顕著である。人生を強烈に縛り付けるのである。映画後半のエピソードにその極限が現れる。それは人間の考え方や努力を超えた「現実」のようにも思われる。そこに「運、不運の次元」が衝突するのである。「人間の努力や考え方や意識の次元」「経済的次元」「運、不運の次元」などのテーマが浮かび上がる。そして「虚飾、偽物、本物の次元」である。ユースケはブー子の「偽」の父である。ブー子は憧れの人に会うために自分を変えようとし着飾ったりする、その「虚飾」「虚栄」。ユースケの経済的「虚栄」。すべてを受け入れているかのような母。繰り返されるパロディやものまね。いたるところに繁茂する「虚像」。ブー子がなろうとする自分も会おうとする人も虚像であった。現実に向き合い、現実を受け入れることでブー子の人生は好転した。私もさっしー主演で吉田喜重のような芸術性、『台風クラブ』や『転校生』のような青春の鮮烈さを持った「壮大なバカ映画」を撮りたいものである。