小説のようなものを書き始めたのは20歳くらいからだったかな。もともと「ナンセンス」とか「シュール」が好きで小説もそんな感じ。10代の頃、私の「シュール師匠」はラジカルガジベリビンバシステムとか蛭子能収とか劇団健康かな。小説は芥川龍之介の『歯車』とか太宰治の『人間失格』とかドストエフスキーの『地下室の手記』とか好きだった。中原中也の「ダダ音楽の歌詞」というのもあった。20代の頃は町田康や中原昌也に影響を受けた感じだ。中原昌也は今も愛読している。昨日も文學界の連載を三作読んだ。図書館への返却が昨日だったため。古代文明の話と司馬遼太郎の話とオリンピックの話。どれも最高に面白かったが、どれかといえば古代文明か。中原昌也のものはほぼ読んでいるが(あらゆる場所に~とか作業日誌はほぼ読んでいないが)その中でも一番かも。これまでは大集合!ダンサー&アクターズが一番だったかな。どれもみな面白いのだけれどもね。初期もいいけどパソコンタイムズ以降更に良いという印象。私の話に戻りたいがどこまで話したか。とにかくなにか「わけのわからないもの」とか「無意味」への嗜好はずっとある。ほとんど哲学や思想と化している。私の中核と言ってもいい。「ナンセンス語」のようなものに惹かれ、14歳か15歳の頃「ゾウアザラシの土ふまず」という言葉を作り悦に入っていた。今もその延長にいる感じだ。28歳から31歳くらいまで「スランプ」なのか何なのか書けなかった。1998年の初め頃に書いた渾身の100枚の小説があり(私は27歳になる前くらい)その達成感、到達感、満足感、充実感といったものがあり、その作品のその先、といったらちょっと簡単なものではないと感じていただろうか。何かしら異常な修業が必要とも思った。その気持ちが1999年の一人暮らしへ繋がったのかもしれない。当時「修業」として考えていたのは(今もだが)「本、路上」である。これは「本を読むこと」と「街で何かに出逢うこと」である。その「街」とは「都会」でなくてはならない。とか思っていた。「街に自分を投入する。自分に街を投入する」と考えていたのであった。それは今でも思っている。(…)というわけで、どうなった?その「達成感」を感じた小説から4年経ち、ふとその小説を読み返してみたら「物足りなく感じた」。これは自分でもびっくりした。「そんな筈はない」と。それほどまでの「自信作」だったわけだ。最高の到達点だったわけだ。「駄目」だとは思わなかったけど「何か物足りなかった」。方向や質、その小説の立ち位置はいいのだけれど「もっと行ける」「もっと跳べる」と思った。始めは小説の真ん中を削ったりいじってみたけど「不足感」は消えない。仕方がないから「新しく書くことにした」それが2002年の春頃のことである。そして何作かある程度満足しながらも何か「模索中」といった感じで書き上げた。そして2003年末に書いた作品で何かを掴みかけたと感じ、2004年初め頃に書いた作品で「新しい場所に到達した」と感じた。何かを掴んだと感じた。その後何作もこれがいつまで続くか心配だった。いつ書けなくなるかと不安だった。自分が到達したと感じた「このレベル」を何とか維持したいと思った。「その先、さらに先」とも思うがとりあえずこの到達した場所を大事に守りたいと思った。そして今年2014年。2004年から2011年頃までの小説18作品をまとめた作品集を自費出版する予定だ。全部で50冊の予定。新宿模索舎や中野タコシェに置いてもらう予定。大阪文学フリマでも販売予定。タイトルは『映画館と公園に放置された長いイモの事』値段は1200円の予定。ページ数は250ページくらいになる予定。ピンク色の装丁になる予定。とりあえず四作ほど冒頭部分をここに公開してみたい。

「映画館と公園に放置された長いイモの事」

 広場の片隅には苦しみ悶えた跡が生々しく残されたままの彫像が無造作に放られていた。プールサイドの鍵穴の附いた部屋から朝早くに担ぎ出されてきた人物の白い上着のようにぎこちなく石化していた。夢中で中心部にストローを突き刺して吸い尽くすようにも思えたその行動に僕の彼女はNGを出した。車の後輪から主に生まれ出るエネルギーが頭部を満たし乱し、暴飲暴食を推奨するかのような口振りにも誤魔化されて宇宙を遊泳するかのような身振りで愛を表現しようとも裸体の貴族主義が障壁となり愛に到達せずに終わってしまうのであった。

「巨乳外国人の怪」

 注意書きが施された山吹色の屋根の連なりが用心棒の手配を遅らせた証拠として目の前に突き付けられている。旧態依然としたろくろ首の悩み事のせいで本日の午後の生活は楽々と越えられた筈の日常が怪異なものとして事件性を与えられ泣くまで愛を離す事もできずに戸惑い立ち尽くす。鰐の肺が出来たばかりの小屋のてっぺんに括り付けてある。ボーイの宣伝費を増やして行く為には何をすればいいのだろうか。

「陽当たりの良い場所が移動して行く。」

 酒場からの帰り道、耳馴染みのある演歌が民家から聴こえてきた。思わず立ち止まるということもなくそのまま通り過ぎて歩道橋を渡るといつもの築三十八年のアパートの一室へと帰るのであった。水槽の中のタガメ君は元気かな、と思って水の中を覗いてみた。落語のカセットテープが散らかっている場所の中に立ち僕は水槽の中を見ていた。かつらのコマーシャルがテレビに映し出されている。もみあげの長い男連中が坂道をゴロゴロ転がる輪ゴムやコンドームやオットセイの群れの中を全身汗まみれで夢中で駆け回っている。隣のラジオからは巨人戦が流れている。誰かの三安打目はツーベースであるそうだ。欲深い人間は損をするのだろうか得をするのだろうか。そんな想いが頭をかすめた。

「アクマニア星人」

 巨大な目玉が体の真ん中についた星人。それがアクマニア星人だ。中日ドラゴンズの選手が隠れ家としてよく利用するという噂を聞きつけて私はその町へと向かった。テント小屋のてっぺんに取り付けられた避雷針が斜めに突っ立っている。雲行きの怪しい昼下がりのK町一丁目で私はコーヒーを啜っていた。窓の外にはヒゲを書き込まれた中年男性がバス停のベンチで寝込んでいる。いびきはここまで聞こえてはこないが随分と大きないびきをかいているように思われる。薄いグレーの半袖シャツが肉でぱんぱんになっている。そのはげづらのような頭髪からは真っ白い水蒸気がもうもうと立ち昇っている。曇り空からは小雨がぽつぽつ降って来たようだ。私は喫茶店から出ると止めてあったバイクでその空き家へ行った。空き家の内部では狂宴が繰り広げられていた。ムチャクチャに書き殴られた半分紫色になった肉体を白いコンクリートの壁にぶつける若い男女達。頭部のはげづらは分厚い鋼鉄になっており頭頂部の太い毛も非常な程に艶を湛えて黒光りしていた。





こんな感じです。
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