前の記事では「前田敦子の未来の夢の対象としてのAKB48」という結論であったが、その後少し考えてみたら「巨大な可能性」とか「可能性の塊」というような意味なのかな、とも思えてきた。確かに「未来はわからない」というのは真実とはいえ、「前田敦子の未来」というのは一般の人物より圧倒的にでかく輝いて見える。巨大な可能性、無数の選択肢を選べる立場に立った前田敦子。そんな「可能性の塊」が「AKB48」というものである。ということなのかもしれない。