この前キングオブコント2013を見た。前半部分でそれぞれのネタに何となく共通点を感じた。コンビ名などは曖昧なので置いておくが、まずミュージシャンになりたくて東京へ行こうとする若者とその友人のコント。これは簡単に言ってしまうと夢を追いかける人を茶化し、皮肉り、否定し、馬鹿にしたコントである。ここでは「現実」が「夢」に対して優位に立つ。もうひとつは、路上でポエムを書いた色紙を売る若者と宝くじで大金を当てたおばさんのコント。ここではおばさんが若者の詩を才能を考え方を生き方を徹底的に否定する。最終的に若者は精神の崩壊に至る。そんなコントだ。ここでは「夢」と「現実」の対立とも言えるが、おばさんは「宝くじの当選」という「夢」を叶えており、二種類の夢が戦っているとも言える。おばさんが当てたのは確か6億円だったか。金の力で若者を圧倒し、押し潰し、排除、消滅させようとするのだ。もうひとつは工場でバイトしながらロックをやっている若者とそのバイト先のおじさんとのコントである。その若者のライブを初めて見たそのおじさんはその歌詞にショックを受ける。「毎日毎日同じ作業の繰り返しなんてくだらねえ、俺は自由になるんだ、夢を追いかけるんだ」など、自分たち労働者を徹底的に否定したものだったからだ。それに対する「酷いじゃないか」という感情を若者に表明、苦情を言うことで「夢」が「現実」を否定するコントの構造になっている。しかし最後におじさんが「俺たちの作業着の染みのひとつひとつにだって個性はあるんだ」と反論し、「現実」の中にも輝く夢や希望が存在すると思わせてコントは幕を閉じる。もうひとつは「お嬢さんを嫁にください」と現れた若者とその彼女の父のコントである。父は若者に職業や年収を尋ねる。若者は無職でバイトもせず貯金を切り崩し、俳優になる夢を追いかけているという。父は当然のごとく断る。しかし貯金が100億円あるとわかり立場が逆転する。逆転するというか父親のほうが金にふりまわされて勝手に上がったり下がったりするのだ。これは父親のほうが「現実」、若者のほうが「現実的な夢」と「夢的な夢」の立場にあると言える。「現実的な夢」というのは「ベンチャー企業的なものを売却して得た利益100億円」であり、「夢的な夢」というのは「黒澤映画に感動し、自分もこんな作品に出てみたい」という俳優になる夢である。夢である。ここでは「現実」が徹底的にへこまされている。ここでは非現実的な夢も100億円という現実の裏支えがあるために文句を言えないのである。その100億円も自分の才覚で稼いだものなので文句の挟みようがないのである。結局最後は「娘をお願いします」という事になるのである。これらのコントに見られる「夢」と「現実」のせめぎあいは色々と考えさせられる。「夢を追いかける若者」というと中島みゆきの歌詞「戦う君の事を戦わない奴らが笑うだろうファイト!」も想起させる。戦いに勝てば現実になり「現実」は黙るしかない。「負けるだろう」「やっぱり負けた」「確実に負けるのがわかっているのに戦おうとしている」と、考え馬鹿にして笑うのだ。しかしその勝敗は100%決定しているわけではない。ゆえにその関係は、立場は揺れ動く。そして「夢」にも、金を目的にしたものと、そうではないものがある。色々と考えさせられる。



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