しかし今例えば「きゃりーぱみゅぱみゅ」は「オタク文化」とそれほど「相容れなさ」は感じない。きゃりーぱみゅぱみゅは「原宿系」「オシャレ」でありひと昔前なら「オタク」とは「水と油」だったようにも思いう。それは「オタク」ていうものの地位向上や一般への浸透ということであろうか。パフュームにしてもそうである。しかし「きゃりーぱみゅぱみゅ」や「パフューム」を「サブカル」か「オタク」か、と定義するのも難しい。かつて「オタク側」であった「アニメ」や「漫画」が「サブカル」と呼ばれるようにもなったのだ。「オタク」がライト化したのか、世界がオタク化したのか。しかし「オタクブーム」の一方で「一億総ヤンキー化」とも言われる。「オタク」「サブカル」「ヤンキー」が奇妙に融合し始めているのかもしれない。ヤンキーがアニメを観たりロックを聴いたりしても全く違和感が無い。しかしそこには何かの線引きがあるようにも思われる。しかしかつてより境界線は緩くなっているようだ。エグザイルみたいなひとが「オタク」でも「サブカル」でも今や違和感の無い時代となった。20年前では考えられなかったかもしれない。時代は確実に変化しているのだ。しかし境界が曖昧になった現在、あえて「オタクとは何か」と考えてみるのも面白い。「オタクとは一体何なのであろうか」。何かを集めていたらオタクなのか?漫画やアニメに詳しければオタクなのか?「何かに熱中すること」がオタクであるならばスポーツを熱心にやっている人はオタクなのであろうか?何かを集める人がオタクならば切手やナイフやスニーカーやレコードを集めている人はオタクなのか?何か繊細な違いがそこにはある。落語やクラシックコンサートや野球観戦に熱心に通う人はオタクなのだろうか…麻雀やパチンコや…。きりがないからやめよう。やはり「愛好する対象」と何か関係はあるようだ。しかし微妙なものとして「鉄道」はどうだろう。「オタク」とも「マニア」とも言えそうだ。例えば広くとって「乗り物」と考えたらどうか。「船」「飛行機」「車」「電車」「バイク」「自転車」…「戦車」「ロボット」…。どうも「マニア」といった感じがする。そして「ロボット」が「ロボットアニメ」や「特撮」に結び付くとそこに「オタクっぽさ」が発生するように思われる。一体「ロボットアニメ」や「特撮」は他の人類の文化と何が違うのだろうか?