オタクとは何か?何をもってその人は「オタク」と言われるのか?なかなか難題である。「感触」としては「あの人はオタクだ」とか「私はオタクだ」というのはよくわかる。しかし「正確に定義」しようと思うとなかなか難しい。例えば「マニア」と「オタク」の違いなど。「オタク」の名付け親は中森明夫だそうだ。その「差別的な意味合い」で大塚英志と揉めたらしい。「オタク」と「サブカルチャー」の関係も複雑だ。岡田斗志夫の本によると「オタク」である岡田斗志夫は「サブカル」を敵視していた。それぞれの陣営を代表する雑誌として「アニメージュ」と「スタジオボイス」を挙げていたと思う。どうやら80年代二つの若者文化の潮流があったらしい。中森明夫は「オシャレ系」の「サブカル」に大塚英志は「オタク」についていたのだ。中森明夫はその後「宝島」や「SPA!」で活躍する。当時流行っていた「ニューアカ」と呼ばれた浅田彰なども「サブカル」の側らしい。ゴダールや現代美術や坂本龍一なども「サブカル陣営」というか、「サブカル」の人の好みの対象だろう。宮沢章夫の本で岡田斗志夫と対談した宮沢章夫がたしか「レッドツェッペリン」を持ち上げていた。レッドツェッペリンなども「サブカル」に入るようだ。その対談で岡田斗志夫はオタク代表として呼ばれていたようであり、「サブカル」である宮沢章夫と「オタク」である岡田斗志夫の「水と油ぶり」といった感じで対談が進んでいったように思う。「サブカル」の流れは例えば現在、椹木野衣や中原昌也に続いているのだろう。両人とも「アニメソング」とか嫌いなのだろう。思うにその「ダサさ」が耐えられない。といったところであろう。「ハイブロウ」なものを求める傾向があるのだ。しかしオタクにはオタクの文脈で「ハイブロウ」なものがあるとも思うが。「オタク」は中森明夫に名付けられた当時「おたく」と表記されていた。そのネガティブなイメージを脱却するため岡田斗志夫は「オタク」と表記し、「オタク」を一種の文化人、趣味人、知識人と化する事に成功した。その数年後「電車男」や「しょこたん」や「秋葉原ブーム」によって「オタク」は脚光を浴び名誉を回復し「愛すべきキャラクター」「味なキャラクター」「面白いキャラクター」として認知される事となる。今や「オタク文化」は日本の重要な輸出品と考えられるまでになった。