夢とは何だろうか。現実とは何だろうか。小説や映画や漫画などでよくテーマになるものに、夢と現実の往復というようなものがあると思う。「夢オチ」というのもそうだと思うし、フィクションの世界ではない現実世界にしても「夢の実現」「理想の世界の実現」というのはよく語られる話だ。夢と現実との行き来というと押井守監督の『ビューティフル・ドリーマー』や、うる星やつらテレビシリーズの「哀れ!愛とさすらいの母!」が思い起こされるが、この「夢と現実」「夢と現実との行き来」に何か我々の心が掴まれるのは何だろう。例えば人は「現実」に反発したり嫌気がさしたりして「夢の世界」に閉じ篭ったり、現実の社会の変革を企てたりする。はたまた逆に「夢の世界」の、その予定調和ぶり、刺激のなさに退屈して新鮮な現実世界へと飛び出したりもする。この往復運動。その動機はいずれね場合も「退屈さ」なのであろうか?人は現実に退屈し夢へと逃れ、夢に退屈し現実へと逃れる。その繰り返しなのだろうか。「夢」とは何であろうか。睡眠中に見る「夢」、「夢や理想」という時の夢。「現実世界」に存在しない「非在の世界」、そんな意味合いがあるのであろうか?すると各種フィクション、映画や小説、舞台や漫画、アニメやゲームの世界も「非在の世界」の取り合えずの実現という事で「夢の世界」なのであろうか。取り合えずの「実現」であるから「現実」に半分足を突っ込んだ世界なのであろうか。人形遊びをしている子供は「現実」の中にいるのか「夢」の中にいるのか。