そこで前田敦子を思い出す。AKB48は「オタクの夢」だった。前田敦子はAKB48の支柱だった。その支柱が前田敦子自身の選択で引っこ抜かれた。甘いオタクの夢を見ていたサーカス小屋のテントは無残に崩れ去り、味もそっけもない現実の世界へと強制的に「目醒めさせられる」。何となく「エヴァンゲリオン」に似てはいないだろうか?気まぐれな前田敦子は「オタクの夢」に「自身の夢」を犠牲にしてまで付き合うつもりはない。AKB48という「オタクの甘い夢の世界」、よく出来てはいるが何か物足りない安全な世界。前田敦子はその世界を出て「女優」という「新しい夢」に挑戦しようとしている。確かに「オタクの夢」「アイドルという夢」と「自分の夢」が一致していた時もあったろう。しかし「恋をした庵野監督」のように「女優」に「芝居」に「映画」に恋をした前田敦子はもう「オタクたちの甘い夢」「アイドル」の世界には戻れない。庵野監督が「良く出来たロボットアニメ」を破綻させたように前田敦子は「最高のアイドルグループAKB48」を卒業する事を選んだのだ。我々オタクは確かに一瞬夢の終わりを垣間見た。それは確かに残酷な体験だった。しかし前田敦子の夢が続くようにオタクの夢もAKB48メンバーの夢も秋元康の夢も続くだろう。「残酷な現実に目覚める事」だけが人生の意味ではない。「アニメ」にも「アイドル」にも意味はある。しかし「現実」に魅せられた庵野監督や前田敦子の経験は永遠にかけがえなく光り輝き続けるように私には思える。「あっちゃん、おめでとう!!」