先日テレビで『風の谷のナウシカ』が放映された。途中少し見なかったがほぼ見た。感動して泣いちゃった。見るのは何度目かわからないけど。原作の漫画は読んでいない。「遥か西方の強大な軍事国家トルメキア」の「辺境統一部隊」みたいなのの隊長みたいなのがクシャナであるとか海から吹く風によって風の谷は腐海の毒から守られているとか理解した。ツイッターのツイートでもあったが今回の津波や原発事故を予言している内容にも思えた。巨神兵が原発でオームの群れが津波だ。作品中で「多すぎる火は何も生まない」という台詞があった。火は一日で森を焼くが水と土は百年かけて森を育てる。と。「多すぎる火」とは原発や原子力のことにも思える。文明のエネルギーを転換すべきだというメッセージと受け取られる。風力発電や水力発電や地熱発電や太陽光発電への切り換えだ。そをて昨日「大友克浩原画展」へ行ってきた。『AKIRA』の原稿がすべて展示されており改めて圧倒された。台詞の活字を張り付けた部分や原稿に塗ったスミなど生々しく見ることができた。絵の圧倒的な力というのは勿論あるが作品の内容として非常に考えさせるものが改めてあった。「都市」「ビル」「建造物」の圧倒的な構築とその圧倒的な破壊。秩序、構築と混沌、カオス。アキラの「覚醒」によって人類の文明、ビル、建造物は徹底的に一気に破壊される。その描写はあの震災、津波の悲惨な被害状況、瓦礫の山を連想させずにはおかない。大友さん自身もその類似性に戦慄しその戦慄が今回のチャリティ企画をやる動機のひとつになったのかもしれない。作品中に登場する科学者たちがアキラの「爆発」をまるで宇宙の誕生のようだと、「リトルビッグバン」のようだと言う。アキラの爆発はその内部でまるで原初の宇宙のような現象が観測されたのだ。「宇宙の始まり」の「カオス」が人類の文明を呑み込んでいく。アキラの「力」はその爆発の形状からも原子爆弾や原子力、原発を連想させもする。アキラは確か「兵器」として作られたのではなかったか。ミヤコ様が語る。「水は高きから低きへと流れ密から疎へと至る。しかし流れをそのままにしていては「力」を意識することはない。流れをせき止め一気に解放することで「力」は意識されその「力」に人々は戦慄するのだ」と。アキラは「流れ」をせき止めている存在なのかもしれない。子供の姿のままだというのも「成長」や「成熟」や「老化」や「時間」に抵抗しせき止めた結果かもしれない。