下書きのストックは16枚ある。二年に一回デザインフェスタに出品しようと思い、年5枚ペースで完成させていく予定だ。去年の5月に初出展した。次は来年の5月の予定だ。昨日は新宿のサザンシアターで國分功一郎さんの講演会を聴きに行った。そのついでに世界堂でアクリル絵の具とF4のキャンバスを5枚買ったのだ。その後今月いっぱいで閉店するというジュンク堂にも寄ってみた。「新宿アルコット」自体83年の歴史に幕を閉じる、と写真と共に振り返えられていた。新宿も今のような怪物的な都市でなく、ざわざわ賑やかな町、といった風情だったのだろうか。お金がないので何も買わずジュンク堂を出る。紀伊國屋本店にも雨の中立ち寄る。そしてサザンシアターへ。「欲望と快楽の倫理学-序章-」と題された公開授業だ。私の席は9-21だった。隣の席の9-20がずっと最後まで空席だった。亡くなられた山口美江さんの誕生日が9月20日みたいだ。空席の番号を見ながら思いにならない思いのようなものを感じていた。山口美江さんは昔テレビによく出ていた頃、今の西川史子さんのような感じの強気毒舌キャラみたいな感じでテレビに出ていて、何となく忌ま忌ましくも思ったりもしていた。それは作られたキャラクターだったのか地だったのかわからないが、強気で短気というのも本人はいろいろストレスが溜まって大変かもしれない。最近は体調不良で通院していたらしい。その前は父親の介護で大変だったらしい。ご冥福をお祈りいたします。講演会は面白かった。「楽しさ」を哲学はないがしろにしてきたという話し。「美」についてはさんざん考えてきたらしい。「楽しさ」は「低級」なので語るまでもない、ということか。しかし「完全な美」なるものは人に認識することはできないという。なんらかの「不純さ」が混じっていなければ体験できない。しかし「美」に近づけば近づくほどそれは「語りえぬもの」「享楽」に近づいていく。人は圧倒的な、強烈な体験を求めるものである。だから言語化できない圧倒的な「美」の経験や「享楽」にも引き寄せられる。それに比べると「快」や「快楽」、「楽しさ」は気楽なリラックスしたものだ。よそ事を考えながら本を読んだりするように、ひとつの対象に熱狂的に没入するようなものではない。落ち着きなく鳥が頭を動かすように本を読んだり生きること。私は暇と退屈の倫理学は未読だが、「消費でなく浪費を」とか「退屈ではなく贅沢を」とかいうメッセージらしい。