最近雲の素晴らしさに目覚めている。昨日も今日も青空に白い雲が素晴らしかった。今年ケーズデンキで買った電池式のデジカメで撮りまくっていたらデータがいっぱいになってしまった。セブンイレブンの駐車場から見渡せる南の空に広がる雲の大パノラマが撮れずに少し残念だ。この前テレビでエグザイルのアツシがさだまさしの歌を歌っていて「海は死にますか山は死にますか」という歌詞があったが、雲は死ぬのだろうか。この地球は。宇宙の年齢が138億年で地球の年齢が46億年くらいであったか。いつか太陽が膨張し地球は飲み込まれると聞いた。それは太陽の超新星爆発ということだろうか。太陽の死。知らないが恒星は新しく生まれることがあるのだろうか。銀河と銀河が衝突して新しい星が生まれることがあるとどこかで聞いた覚えがあるが。どうやら宇宙の膨張は加速しているらしい。月の死、地球の死、太陽の死、銀河の死、宇宙の死…。わからない。しかしこの地球のこの雲の流れも永久ではないらしい。10月に初めての海外旅行で中国の大連に行って来たのだが、外国の空は大地は空気は風は日本と違うのだろうか、と思っていたが、結論としては同じだった。外国とはいっても非常に近い所ではあるが。雲は何年前からあって何年後まであるのだろう。雲の命の長さと私の人生の長さ。しかし雲はいつ見ても違う。どんどん流れて形を表情を変えていく。そしてそれは二度と戻らない。あの雲にはもう出会えない。しかし新しい見たこともない前代未聞の雲が次から次へと現れる。人間もそうであろうか。もしも時間を巻き戻したらという考えがある。例えば今日一日でももう一度やり直したら同じ一日に果たしてなるのであろうか。何万回やり直しても二度と同じにならないのではないか。人類の歴史も地球の歴史も。まるで雲の流れのように。何千億面もあるサイコロを瞬間瞬間に何度も何度も振るように。生誕の奇跡というものがある。先祖代々の命のバトン。私は現在は宇宙の誕生から始まる波の先頭だ。あの時あの人が死んでいたらあの時あの人とあの人が出会わなかったらあの時あの人が風邪を引いていたら私は今のこの世界は存在しないかもしれない。何万回人類の歴史を地球の歴史を時間を戻してやり直してもすべて違う結果になるかもしれない。二度と同じ未来には辿り着けないかもしれない。唯一の今が唯一の雲が目の前にある。未来は見えない。命は限られている。人間の意志による選択も大きな力を持つだろう。