今日は太宰治の誕生日であり遺体が発見された日ということで桜桃忌というのが三鷹の禅林寺で催されました。初めて行ってきました。太宰治は16歳の時「人間失格」を読み大変感動して以来好きでちょいちょい読んで来ました。「女生徒」もとてもいい。太宰の遺体が発見されたのは太宰39歳の誕生日だった。私も39歳。だから行く気になったというのもある。そういえば「人間失格」を読んだのも23年前の6月だった気がする。あれから23年。16歳から39歳。太宰の遺体発見の年齢に達しての墓参りである。墓前にはさくらんぼなどが供えられ、優しい空気にみちあふれているように感じられた。手を合わせ温かい気持ちになりながらしばらく墓前にいた。墓地には大きな木蓮があり美しい花を幾つか咲かせていた。森鴎外の墓を探すとほぼ真ん前だった。すると美しい人が墓前に…。危なくほんとに好きになりそうになってしまった。また来年会えるかもしれない。驚いたのは三鷹駅から禅林寺を探して禅林寺通りを歩いていたらピースの又吉さんとすれ違った。まさかと思ったが顔はどう見ても又吉さん。どうしようかと思ったが何か親愛の情を示したいと思い会釈した。すると会釈を返してくれた。とてもラッキーだった。朗読会が2時からということでその時の時刻は3時20分頃だったか。間に合わないなと思いつつ急いでいた。しかし又吉さんに会えてよかった。12日の文学フリマでは遭遇できなかったが今回の経験は貴重であった。美人にも会えたし。しかし声とかかけたほうがいいのか。駄目もとで。もしも俺がジローラモなら…とよく思う。もっとガンガン行かねばならぬのか。よくわからない。しかし綺麗な女性であった。しかし声をかけるのは難しい。素直に綺麗なんで声かけちゃいました、みたいなのがいいのか、何か別の切り口があるのか。しかし人は外見ではどうしてもわからないものがある。例えばその女性もどんな人かわからない。その意味で恐怖である。それがわかった時点で引き返せばいいのか。しかし「見た目が綺麗なので声をかけたけど話してみたら何かちがうのでさようなら」でいいのか。何かとても不自然な気もするが。しかしこれらはすべてこちらの考え、感情である。向こうの感情は推し量れない。しかし向こうの感情はこちらがアクションを起こさない限りわからない。すると当たって砕けろ、という事になる。しかし初対面ではなかなか出来ない。ナンパである。ナンパでいいのか?不明である。