いい思い出、素晴らしい経験の繰り返し、というものではない観点からも考えたい。例えば最悪の経験、とるに足らない経験も回帰する。過去にも未来にもその一瞬がその瞬間の感覚がまったく変わらずそのまま回帰する。歴史的事件というよりも個人的な一瞬の感覚といった感じで考える。それが一回ということと、それが無数であることの違い。桜が咲く。桜が散る。雲が流れる。雨が降る。そのちりゆく花びら、その目の前を通過する雨粒、その雲、その雲を見ているその瞬間の私。は通常「一回」と考えられる。しかしそれらが気の遠くなるような遠い過去だろうが遠い未来の彼方だろうが「まったく同じものが無限回」あるとしたら。それを想像した時の奇妙な戦慄のようなもの。合わせ鏡で無限に増殖する鏡と鏡像のような。それはどれも本物でありどれも偽物であるような。無限に増殖した実体はもはや構造的な厚みを欠いたぺらぺらの紙、写真、鏡像、幻影のようなものだ。それは決して中心や頂点によってまとめられる統一体に属さない。先天的バラバラ人間なのだ。それは決定的な意味で法則に属していない。時間にも空間にも精神にも意識にも。超人の生とはそんな世界と交感するものではないか。