渋谷のO‐nestに。いつもながら非常によかった。変態ダンスでのっていました。身体が自然に動きます。今日はライブレコーディングだったそうだ。天井からおもちゃのマイクが吊されていた。ラムネが入ってるみたいなやつ。にせんねんもんだいは結成11年ぐらいだろうか。まだまだ10年20年と活動していただきたいものである。私の人生において大きな楽しみなのである。その大きな存在である「にせんねんもんだい」。出会いは「偶然」なのである。しかし「知る」とか「出会う」ということがある。例えば「タモリ」や「ハリーポッター」。ここまで「メジャー」なら、「知る」とか「出会う」というのも「偶然」という感じではない。「必然」といっていいのか、何かしら求める「アンテナ」を持ち、「現代日本」で生きていたら「知る」こと「出会う」ことは「不思議」ではない。しかし「にせんねんもんだい」はどうだろう。私にとりとても魅力的であり大きな存在。しかしそれほど「メジャー」というわけでもないだろう。しかも私はいわゆる「音楽通」ではない。CDやレコードをまめにチェックしているわけでもない。しかも「にせんねんもんだい」のよさはライブで100%感じられるものだろう。CDやYouTubeで聴いてもピンと来なかったかもしれない。友人についていったライブにたまたま出演していたのである。そのような「偶然」は深夜テレビで放映された押井守監督の『紅い眼鏡』をたまたま観たことにも言える。あれは1991年の3月ごろのことだったろうか。中京テレビの深夜に放送されたものを途中から見始めたのである。チャンネルを変えたらモノクロの日本映画がやっていた。それが『紅い眼鏡』だった。兵頭まこのアップが映画のスクリーンに映し出されていた。なんとかくこの映画はただものじゃない予感が、感触がした。結局『紅い眼鏡』は私の生涯ベストワンである。この「出会い」。「にせんねんもんだい」『紅い眼鏡』との出会い。それに私は感謝する。しかし少し不安にもなる。「もしも出会っていなかったら」という「出会わなかった」「出会えなかった可能性」に思いを馳せるとき。しかしすべてのことはそうかもしれない。「生まれて来なかった」かもしれない。「死んでいた」かもしれない。父と母が出会わなかったかも、二人とも存在しなかったかもしれない。この町に住んでいなかったかもしれない。誰かと結婚して子供がいたかもしれない。「無数の別の人生」。