
ということでただ、2013年から2014年に行こうとしているわたしがつらつらとかこうとおもう。つまらないものだってことは一番わたしがわかってます。ハイ。
今年は残念なことに”失う”ものおおき年でした。あぁ悲しきかな。
一番は、おばあちゃんがおじいちゃんのお迎えについていったこと、かな。
ぶっちゃけわたしはあまりおばあちゃんのこと好きな方ではなかった。倒れてからますます会おうとしなかった。
なんでなんだろう。自分のことだけど、ことなんだけど、わかんない。わたしの7ふしぎのひとつ。

でもまだ覚えてる、あの日のこと。
なぜかその日は学校から早く帰らなくて、たまたまともだちと教室いて何かの拍子に携帯触ったらママからLINEがどっさり。
なんか、そんな予感がした。
家で待っててと言われたからそわそわしてたら、ばあちゃん来て、顔見た瞬間もうだめだって。
ipodをいつものように聞きながら行ったけど、なんにも入ってこなくて。でも老人ホームに近づくといつものように行きたくないなぁと思ったり。
ついた瞬間、おばあちゃんの姿よりも泣き果てたという言葉そのままの姿のママを見てこれが現実なんかと涙があふれた。
そのあと帰る車で見たTake Fiveの大好きな桃李くんはいつも以上に現実味がなくて、今見てもその話だけアタマにはいってこない。
お葬式で流れたありきたりなVTR、なんでこんなもの。と思ったけど気づいたら泣いてるわたしがいた。
パパが泣いてる姿を見たのはその時だった。多分最初で最後。
かそうばで休憩をしていたらママとパパは私たち今まで頑張ってきたねと顔を見合わせて言ってた。ウェディングケーキから始まったいくつもの夫婦の共同作業のひとつが終わった瞬間なのかもしれない。
わたしが言える立場じゃないけど、
ふたりともよく頑張っていたなとおもった。
後日たまたま写真を撮ったときわたしの笑顔に、ん?とおもった。
そう、おばあちゃんの笑顔とわたしの笑顔はそっくり。
その写真を見た瞬間なんでわたしは今までもっと好きにならなかったんだろう、会わなかったんだろうとおもった、後悔してる。
実はおばあちゃんは40年間ぐらいおじいちゃんと離れ離れでいた。多分、いや、絶対におじいちゃんはさみしくなっておばあちゃんを迎えにきたはずだ。
今おばあちゃんは何をして
るんだろう。おじいちゃんと仲良く、いままであったことを話していてほしいな。とおもうばかりである。
こういうこと書いていいのかと思ったが、わたしのなかでのこしておきたかったのでいい。おばあちゃん、書いたことを許してね。