聖書学者のつまらなさ | 優しさがいちばん

聖書学者のつまらなさ

久しぶりで書店に顔を出して新刊をチエックしてみた。
理学関連と聖書関連でいくつか新刊が出ていた。
聖書関連は
佐藤優の対談ものと
加藤隆の旧約聖書聖書の解説ものが。
佐藤優は聖書の専門家として。
加藤隆は聖書研究者として。


例えば加藤は
研究内容

 第一。<聖書研究>。聖書(旧約聖書と新約聖書)を綿密に検討することを基礎として、キリスト教について、またキリスト教を取り巻く世界の状況について考える。宗教や文明についての研究だが、聖書の研究は、つまるところテキストの分析である。テキストを可能なかぎり厳密に読むために、さまざまな技術を駆使して取り組んでいく。
 第二。<比較文明論>。人間が自分たちのためにつくってきた人工的な環境を「文明」と呼ぶことができるかもしれない。これまでに構築した、文明のさまざまなタイプからなる類型論を背景にして、最近は特に、「愛のさまざまな形」というトピックからのアプローチに取り組んでいる。「神は愛」かもしれないが、「愛は神」なのか。「愛」と「神」は、どのように繋がっているのか。そもそも「愛」と「神」は、本当につながっているのか。いずれにしても、人々の「愛」はさまざまな様相を呈している。古今東西の「愛の形」を検討している。

加藤は聖書はテキストの分析であると述べている。
聖書をまるで外科医が患者の体を観察するように見ている。
つまり聖書の主張と全く異なる読解をしようとしている。
これほどつまらない態度はなかろう。
もっともその手法はかってのドイツの
ハイアークリテックと呼ばれる手法の焼き直しと思われる。
日本人が知らないと思っているのだろう。