なんじの敵を愛しなさい | 優しさがいちばん

なんじの敵を愛しなさい

しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行いなさい。
 新約聖書 ルカの福音書 6章 27節

さて、クリスチャンが敵と呼ぶものが悪霊に支配されている場合は
決してすくなくないだろい。
そうでなくても原罪に束縛されている場合も多いだろう。

主イエスはそれでも愛せよといわれているのか。
深く物事を考えない牧師はこういった聖書の矛盾にあたっても
たじろがない。サタンをあいすることはなく、同様の聖句である
自分の敵を愛しなさいというイエスの戒め(マタイの福音書 5:44)は、この世における対人関係を取り仕切るためのものです。

などど詭弁を用いる。

クリスチャンはイエスキリストを手本にして生きるべきである。
だから主イエスはその敵をも愛しているはずである。
主イエスの敵とは当時はがちがちのかたくななユダヤ人の祭祀やピラトに代表されるローマ権力であった。
サタンに支配されたユダも敵であったといえるかもしれない。
主イエスの敵とは神に背く同国人、そして、主イエスの伝道を
妨害するローマ人などだろう。
主イエスは彼らを愛しただろうか?

もっともありきたりな解釈は
主イエスを受け入れられる可能性のある”敵”を愛して
転向させなさいという解釈だ。

しかしそれではもとのみ言葉のインパクトはなくなってしまう。