イスラエル教会vsパウロの教会 | 優しさがいちばん

イスラエル教会vsパウロの教会

ネロはイスラエルの教会を殲滅したが逃れた集団もいて
コンスタンスチヌス帝の時代の318年まで生き延びていた使徒たちもいた。
そしてそのときのローマンカトリックの教皇に謁見してイスラエル教会の正統性を
訴えたが却下された。

その後
直系のイスラエル教会はどうなったのだろう?
迫害をうけたのか?
以下のような記述がある。

コンスタンティヌス帝によって開催された325年のニカイア公会議において、ローマ教会の聖職者の権力が強化されると、他のキリスト教は異端として禁止された。さらに431年、皇帝テオドシウス2世が開催したエフェソ公会議で、アレクサンドリアのキュリロスと呼ばれる人物がなした説明が正統信仰として決議され、神の母マリアと呼ぶことが公認され、教会に十字架が持ち込まれた。この後、12使徒の教会は徹底的に迫害され、壊滅させられる。ローマ教会は、ローマ皇帝から授かった地上の権力を行使し、ヨーロッパ全土で大量のイエス信徒を殺戮し、イエスの直弟子たちが開拓したエフェソ、スミルナ、ティアティラといった東方の諸教会を追放し、壊滅させていったのである。
 ちなみに『ヨハネ黙示録』はエフェソ、スミルナ、ティアティラといった「アジア州にある7つの教会」に向けて書かれたもので、そこにローマ教会は含まれていない。

どうやらマリア信仰と十字架信仰は431年からのようだ。
いずれも偶像信仰とみなされるだろうが、
人間というものは悪であれ神の義であれ具体的なイメージがなければ信仰の対象にはなりにくいものだ。
姿も形もない神をどうやって”愛する”ことができるのか。
かろうじて可能なのは神の子がヒトの形をとった主イエスならば
イメージを作れるので”愛”の対象が可能となりうる。