パウロ神学 メモ
パウロ神学とはパウロの教えは主イエスの教えとは異なるという観点から
パウロの発言をいう。
そのまとめがここにあり便利なので
メモをしておく:
(転載)
パウロの発言をいう。
そのまとめがここにあり便利なので
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17.パウロ神学「
| ローマ人への手紙 6-6わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。6-7それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。6-8もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。6-9キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。6-10なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。 |
| コリント人への第一の手紙 1-13キリストは、いくつにも分けられたのか。パウロは、あなたがたのために十字架につけられたことがあるのか。それとも、あなたがたは、パウロの名によってバプテスマを受けたのか。1-14わたしは感謝しているが、クリスポとガイオ以外には、あなたがたのうちのだれにも、バプテスマを授けたことがない。 1-17いったい、キリストがわたしをつかわされたのは、バプテスマを授けるためではなく、福音を宣べ伝えるためであり、しかも知恵の言葉を用いずに宣べ伝えるためであった。それは、キリストの十字架が無力なものになってしまわないためなのである。1-18十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救いにあずかるわたしたちには、神の力である。 |
| ガラテヤ人への手紙 2-19わたしは、神に生きるために、律法によって律法に死んだ。わたしはキリストと共に十字架につけられた。2-20生きているのは、もはや、わたしではない。キリストがわたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。2-21わたしは、神の恵みを無にはしない。もし、義が律法によって得られるとすれば、キリストの死はむだであったことになる。 |
| エペソ人への手紙 2-14キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、2-15数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、2-16十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。2-17それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝えられたのである。 |
| コロサイ人への手紙 1-19神は、御旨によって、御子のうちにすべての満ちみちた徳を宿らせ、1-20そして、その十字架の血によって平和をつくり、万物、すなわち、地にあるもの、天にあるものを、ことごとく、彼によってご自分と和解させてくださったのである。 |
| ヘブル人への手紙 5-8彼は御子であられたにもかかわらず、さまざまの苦しみによって従順を学び、5-9そして、全き者とされたので、彼に従順であるすべての人に対して、永遠の救いの源となり、5-10神によって、メルキゼデクに等しい大祭司と、となえられたのである。 7-27彼は、ほかの大祭司のように、まず自分の罪のため、次に民の罪のために、日々、いけにえをささげる必要はない。なぜなら、自分をささげて、一度だけ、それをされたからである。7-28律法は、弱さを身に負う人間を立てて大祭司とするが、律法の後にきた誓いの御言は、永遠に全うされた御子を立てて、大祭司としたのである。8-1以上述べたことの要点は、このような大祭司がわたしたちのためにおられ、天にあって大能者の御座の右に座し、8-2人間によらず主によって設けられた真の幕屋なる聖所で仕えておられる、ということである。 9-11しかしキリストがすでに現れた祝福の大祭司としてこられたとき、手で造られず、この世界に属さない、さらに大きく、完全な幕屋をとおり、9-12かつ、やぎと子牛との血によらず、ご自身の血によって、一度だけ聖所にはいられ、それによって永遠のあがないを全うされたのである。9-13もし、やぎや雄牛の血や雌牛の灰が、汚れた人たちの上にまきかれられて、肉体をきよめ聖別するとすれば、9-14永遠の聖霊によって、ご自身を傷なき者として神にささげられたキリストの血は、なおさら、わたしたちの良心をきよめて死んだわざを取り除き、生ける神に仕える者としないであろうか。 13-10わたしたちには一つの祭壇がある。幕屋で仕えている者たちは、その祭壇の食物を食べる権利はない。13-11なぜなら、大祭司によって罪のためにささげられるけものの血は、聖所のなかに携えて行かれるが、そのからだは、営所の外で焼かれてしまうからである。13-12だから、イエスもまた、ご自分の血で民をきよめるために、門の外で苦難を受けられたのである。13-13したがって、わたしたちも、彼のはずかしめを身に負い、営所の外に出て、みもとに行こうではないか。 |