主イエスの世界への宣教命令は本当か?ユダヤ人しか助けないかその2
主イエスの世界への宣教命令
「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け・・・」(マタイ28・19)
はクリスチャンへの主イエスの宣教命令だとされているが
この聖句があとから創作されてつけ加えられたという説がある。
その理由は主イエスはもともと
「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろイスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」(マタイ10・5~6)
と逆のことをいっているから。
さらに
”
異教徒に伝道せよという指示は、主イエスの考えにも、発見された資料群の内容にも反するし、「父と子と聖霊の名によって」という言葉は、長い年月を経た後にキリスト教の神学理論が確立してから使われるようになったものだからである。
”
だというわけで一理ある説だ。
しかしもしそれが正しいとすると
主イエスは
ユダヤ人を救済にきたのであって
それ以後の主イエスを信仰する何億人というクリスチャンを
救済しないということにもなり深刻な問題を提起する。
その回答を理知/論理を通して得ることはできるだろうか?
それとも聖霊を通してしることになるのだろうか?
「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け・・・」(マタイ28・19)
はクリスチャンへの主イエスの宣教命令だとされているが
この聖句があとから創作されてつけ加えられたという説がある。
その理由は主イエスはもともと
「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろイスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」(マタイ10・5~6)
と逆のことをいっているから。
さらに
”
異教徒に伝道せよという指示は、主イエスの考えにも、発見された資料群の内容にも反するし、「父と子と聖霊の名によって」という言葉は、長い年月を経た後にキリスト教の神学理論が確立してから使われるようになったものだからである。
”
だというわけで一理ある説だ。
しかしもしそれが正しいとすると
主イエスは
ユダヤ人を救済にきたのであって
それ以後の主イエスを信仰する何億人というクリスチャンを
救済しないということにもなり深刻な問題を提起する。
その回答を理知/論理を通して得ることはできるだろうか?
それとも聖霊を通してしることになるのだろうか?