御霊による証
ヨハネI 5:6に
5:6[編集]
このイエス・キリストは、水と血とをとおってこられたかたである。水によるだけではなく、水と血とによってこられたのである。そのあかしをするものは、御霊である。御霊は真理だからである。
とあり
5:7[編集]
あかしをするものが、三つある。
5:8[編集]
御霊と水と血とである。そして、この三つのものは一致する。
という。
ヨハネによれば聖霊のバプテズマも水(懺悔)のバプテズマも
一致するとあるので巷の洗礼に関する論争にたいする回答のひとつとしている。どちらでも同じだからよいのだと。
わりとおおざっぱなもののいいようだ。
ヨハネは論理の筋道というものがまったくわかっていない。
頼みますよ、聖ヨハネさん。
他の聖書では水の洗礼と聖霊の洗礼は別物だといっているところがあるのでこのヨハネI はその点では他の弟子の考えとは異なっている。
(そういえばイエスは水の洗礼をうけたあと自動的い聖霊のバプテズマをうけたかもしれない。聖霊の象徴である鳩が出現しているから)
これだから聖書は読解がむつかしいのだ。
あちこちの説明が違うのでケースバイケースで判断してしまうのだ。
その解決策は助けての聖霊のはずなのだが
それが機能していない。