聖書の権威の根拠
聖書の権威、つまり、聖書の記述がが信頼できる根拠として
聖書は神の霊が人間に書かせたものであるからという論法が使われる。
聖書でのその記述は
Ⅱテモテ3:15-17
だとされる。これは一見説得力があるらしく国際クリスチャンセンターの故東康男牧師でさえもそう断じている。
それはテモテやペテロは聖霊によって書簡を認めていたと信じていたかもしれないということである。結果として後世にそうなることになったとしても、自分の書いた手紙を聖書と呼ぶことはあるまい。
聖書は神の霊が人間に書かせたものであるからという論法が使われる。
聖書でのその記述は
Ⅱテモテ3:15-17
Ⅱペテロ1:21
だとされる。これは一見説得力があるらしく国際クリスチャンセンターの故東康男牧師でさえもそう断じている。
これが間違いであることは明白である。テモテやペテロが使徒として伝道に命をかけこのような書簡を書いていた時代には彼らの書簡は使徒から信徒への書簡であったこの書簡を聖書だといえるはずがないからである。
彼らにとっての聖書とは旧約聖書をさすはずである。
たったひとつだけわずかな抜け道はある。
参考引用:
3:15 また、幼いころから聖書に親しんで来たことを知っているからです。聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。
3:16 聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。
3:17 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。
ペテロ
| 1:21 | 1なぜなら、どの預言もかつて、人の意志によって2もたらされたのではなく、人々が聖霊に2動かされて、神によって語り出したからです。 | |||||