癒しを考えるサイト
はっきりと物理的に検証可能なのでこころの祈りがかなったのかどうかのばあいは不明瞭だったことが白黒ついてしまうからだ。
祈りがかなえば一層信仰が強くなる。
ところが祈りが叶わなくてもどんな結果になっても
すべては神の御心だと考えてしまうクリスチャンもすくなくない
それもおおきなテーマだが別途テーマをたてて考えていこう。
(すべては神のみこころ)
さて
病気の癒しを考えるサイトはここだ。
このサイトの作成者はケネスヘーゲン派からの考えをもとにしているといっているが国際クリスチャンセンターの故東牧師と同じなので私にも同意でき
参考になるところがおおい。
一部引用する:
はじめに
このサイトでは、からだの癒しをテーマに聖書からの学びができます。からだの癒しとは、病気や怪我から回復することです。
からだの癒しは、ちょっと風変わりな聖書研究のテーマかもしれません。
聖書の中心的なメッセージは、罪の赦しや永遠のいのちです。これは目に見えない領域での事柄です。それに対してからだの癒しは目に見える領域で起こることですから、聖書の中心的なメッセージではありません。
実際に、聖書では、目に見えるものよりも、目に見えないもののほうが大切で、見えないものに目をとめるように言われています。
「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(第二コリント5:18)
ですから、キリスト教の教派によっては、癒しは「起こり得るが重要視はしない」という扱いになっているところもあります。
とはいえ、病気や怪我は、当事者にとっては無視できない大問題です。
そして、中心的メッセージではないにしても、聖書の中にはからだの癒しについて語られている箇所が多くあることも事実です。
もしあなたが深刻な病気を患っていて、その病気の取り扱いについて聖書に答えを求めようとしておられれば、このサイトの情報が役に立ちます。あなたの家族や友人が病気の場合にも参考になるでしょう。
このサイトの学びを通じてあなたに知っていただきたいことはただ一つです。
「あなたが癒されることは神のみこころです。」
言い換えると、あなたが病気や怪我から癒されて、健康なからだになることを神は願っておられるということです。
さて、どうしてこのことを知っていただきたいのか、理由を少し書きます。
第一に、あなたがからだの癒しを神から受け取るためには、それが神のみこころにかなっていることを知る必要があるからです。
一般的に言って、神のみこころを知って、それが成ると信じるようになれば、心のなかに「志」が与えられます。その「志」が行動を促し、神のみこころが成されます。
癒しに関して言えば、癒しが神のみこころだと知れば、癒しを受け取る「志」が心のなかに生まれて、癒しを受け取るための行動をするようになります。
「志」と「神のみこころ」の関係について、次の聖句があります。
「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」(ピリピ2:13)
志を立てさせるのは、神です。神のことばを深く知っていくと、神はあなたの心のなかに働きかけて、癒されようとする志を立てさせられます。
そのために、聖書を調べて癒しが神のみこころにかなっていることをあなたに知っていただきたいのです。
第二に、あなたがあなた自身の信仰を使って癒しを受け取れるようになるためです。
癒されることが神のみこころだと知るようになれば、あなたは自分で癒しを受け取ることができます。
癒しは神のことばの知識や信仰の成長に応じて現れてくるものです。ですから、聖書のことばを知ってそれを信じるようになれば、たとえ癒しの賜物を持つ人に祈ってもらわなくても、神とあなたとの関係のなかで癒しが顕著に現れるようになります。
誤解のないように書いておきますが、自分の心が弱っている時に、他の人の祈りに助けを求めるのは悪いことではありません。
しかし、いつも他の人が祈ってくれる状況にあるとは限りません。また、癒しを信じる信仰を持った人が身近にいるとも限りません。
そこで、他の人は近くにいなくても、聖書はいつでもあなた側に置くことができます。また、あなたの信仰は、あなたがイエスさまを受け入れた時から、あなたの霊のなかに与えられています。
既に神から与えられている恵みを活用して、自分自身で癒しを受け取ることができれば、もう他の人の信仰に依存する必要はなくなります。
第三に、癒しに関する多くの誤解を解くためです。
神のことばについての誤った認識は、神の力が私たちのなかに流れてくるのを妨げます。
このことについては、たとえば「私たちは信仰によって救われる」という信仰義認の教理について考えれば分かります。
聖書によれば、救いは信仰によります。
「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ10:9-10)
この聖句は永遠のいのちにあずかるために、私たちが何をすればいいかを教えています。信仰によって、義と認められ、永遠のいのちにあずかることができます。
ところが、もしも「信仰だけでは人は救われない。信仰なんかいらない。良い行いによって救われるのだ」とかたくなに主張する人がいたらどうなるでしょうか。
その人は、神のことばについて誤った認識を持っていることになります。その誤った認識のゆえに、その人のなかには救いという神の力が流れてきません。
このように、一番大切な永遠のいのちに関する事柄でも、誤解のせいで神の素晴らしい恵みを味わえないことがあり得ます。
からだの癒しについても同じことが言えます。誤った認識を持っているために、健康という祝福を受け取り損ねるのは残念なことです。
クリスチャンは、癒しについて聖書が語っていることを正しく理解することによって、永遠のいのちだけでなく、地上での健康という神の祝福をもいただけます。あなたがますます神を喜べるようになることを祈ります。
さて、前置きは以上になります。
それでは学びを始めていきましょう!
なお、私が癒しについて学んだ知識は、アメリカの説教者ケネス・ヘーゲンによるところが大きいです。もっと本格的に学びたい方は、ケネス・ヘーゲンの著作を読まれることをお勧めします。また、聖句は新改訳聖書から引用しています。
サイト作成者 @muratori_d