はいっているという目に鱗の指摘があった。
プロテスタント系アセンブリー派の牧師力丸嗣夫さんだ:
空海は丸亀出身でした。四国は先進の文化から取り残されていました。空海は出家し、仏の道を行くようになりました。空海は国費留学生の遣唐使たちにまじって、唐の国(中国)に行きました。しかし、唐では仏教が衰退していました。彼は寺を一軒一軒訪ねて回り、経典を写経して帰ってきました。その頃、唐では「景教」が盛んでした。「景教」はキリスト教のネストリウス派です。薬師寺如来像はキリスト像とも呼ばれています。
その時、空海はヨハネの福音書とマルコの福音を写経して帰って来ています。これが真言密教の真髄となっているのです。ですから、「お大師さんも同じことを言っていた。」と言われるのです。
彼は次のことを学び、日本に持ってきました。
① 米作
② 漢方薬の技術
③ キリストの教え・・・弱い人を助け、最後まで看取る。(施薬院)
④ 養蚕を教えた
そうやって、歩いたのです。たった一人のお坊さんがそのようなアイデンティティを作りあげました。そして、「八十八か所巡り」の文化を作り上げたのです。すごいと思います。
つまり空海の説く密教には
新約聖書の
ヨハネの福音書と
マルコの福音書がはいっているというのだ。