クリスチャンも罪人か?
- 最先端治療からの転載:
わたしたちに負債(罪)のある者をゆるしましたように、
わたしたち負債(罪)をもおゆるしください(マタイ6:12) ①
わたしたちを試みに会わせないでください(マタイ6:13) ②
この祈り ②はイエスは私たちはクリスチャンになったあとも罪があるとして多くの教会で祈られている。また②は神が試み(試練、誘惑)をクリスチャンに持ってくるという教えとして多くの教会で使われている。この説教はイエスがペテロ達を弟子にしたあとの最初の説教である。説教の相手は弟子達と集まってきた群衆である。
①にたいしてエペソ1:7では わたしたちは、御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。 ③
とあり一見矛盾するようにみえる。また②にたいして
またヤコブ1:13には
だれでも誘惑に会う場合、「この誘惑は、神からきたものだ」と言ってはならない。神は悪の誘惑に陥るようなかたではなく、また自ら進んで人を誘惑することもなさらない。 ④
とありマタイと矛盾しているようにみえる。
(ヤコブの手紙は離散ユダヤ人にむけて書かれているという)
さてマタイとヤコブの矛盾は東泰男博士により”キリスト教かネオ・ユダヤ教か”で解き明かしがなされている。
東泰男博士によればこれらの矛盾ははイエスが十字架で贖罪されるまえ①②と後でことなるという。また③④は十字架の贖罪以降である。
”だから①②はわれわれ異邦人のクリスチャンには適用されないが”東博士の結論である。実際、新約聖書全般においてイエスは異邦人には福音を述べないと明言している。イエスの教えをそのまま異邦人のクリスチャンが実行するのは誤りであると言う。異邦人への福音の教えはパウロにあるいは聖霊にまかされているのである。
この視点は非常に重要なので詳細は”キリスト教かネオ・ユダヤ教か”をご覧いただきたい。
以上の事がほとんどの教会でごちゃごちゃになっていて、
本当の福音が大半に日本人クリスチャンに隠されているのである。