権威の問題 ヨハネ19章9節から | 優しさがいちばん

権威の問題 ヨハネ19章9節から

権威の問題についてヨハネ19章9節から再考しよう:

もう一度官邸にはいってイエスに言った、「あなたは、もともと、どこからきたのか」。しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。

そこでピラトは言った、「何も答えないのか。わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。

イエスは答えられた、「あなたは、上から賜わるのでなければ、わたしに対してなんの権威もない。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きい」。


実はパウロだけでなくペテロも、二人とも、このよの権威は神から与えられているといっている。(
I ペテロ 2-13)

さて、上述の文脈でイエスはピラトに対してピラトの権威は神からあたえられているといっているのだろうか?

イエスの返答は以下のように考えれべきなのだろうか?
”ピラトさん、あなたの権威は神から与えられている。だが、その権利を
間違って行使しようとしている。それは罪である。メシアであるわたしを貴方にひきわたし、十字架につけようというものは、神の権威を悪用したものであり、その罪はさらに重いのです。

”貴方の権威の行使は神がゆるされたのであって、あなた自身が誇ることではないのだ。”

とこのように考えてしまうと、イエスとペテロ、パウロの間には矛盾がなくなるのだが。

しかし、そういうことになるとこの世の悪の活動はみな神が許したことになる上に、悪にも従いなさいというとんでもないことになってしまう。これはイエスの名によって悪霊をしりぞけることと矛盾をしてしまう。頭の痛い問題だ。

あるいは
こう考える事もできる。

”上から賜るのでなければ(変な日本語だ)”
というっていることは、”上から賜らない場合もある”という含みを持たせている。
悪霊をおいだすことができるのは主からの恵みによるチカラである。
それに、イエスは全ての権威は神からあたえられたなどとはいっていない。
それをいっているのは
ペテロとパウロである。