聖書のムビョウ性 | 優しさがいちばん

聖書のムビョウ性

聖書のムビョウ性(間違いのないこと)を漢字に変換したいのだができない。
そういう言葉をほとんど必要としないらしい。

神学では
聖書のムビョウ性は聖霊によって保証されるらしい。
聖書に間違いはなく、一句たりとも追加したり削ったりしてはいけないともある。
そして聖書には
聖霊については強固な防御がはってあって、これに
文句をつけることは許されていない。

実はそのように書かれたときの
聖書は時代の制約をうけているはずで、その聖書の意味するところは
現在わたしたちが手にしている
聖書とはことなる。
ということはすでに先の聖書にあらたに付け加えることは許されないと矛盾しているが
そこには目をつぶっている。

また聖書ではすべての権威は神に与えられたのでこれに従えとある。

これはイエスの教えの いちばん大切なことは愛であるという基本テーゼと矛盾する
場合がいたるところででてくる。

このように
聖書自体がイエスのもっとも大事な教えと矛盾するところがある。

これらは何を意味しているのか。

教えられたことを盲従する神父にも牧師にも伝道師もそのような疑問をもたない。

イエスの教えにさまざまな、反イエスの教えがたっぷりと
まぶされていることにクリスチャンがこの二千年間だれも気づかない。