トマスによる福音書2
この福音書は正統派からは異端と見られているので新約聖書にはのっておらず、ほとんどのクリスチャンはその内容をしらない。発見されたのは1950年代で一般の目に触れるようになったのはさらに20年後の1972年、私が 大学院の学生の時代だ。 イエスの直弟子のトマスが直接きいた言葉を記したものであるから、本来は最も重要な書である。なぜ、この書が正統派から異端としりぞけられれたか。読まねばわかるまい。読んでもわからないかもしれない。
幸い、インタネット, http://www.mars.dti.ne.jp/~fenot/jesus/cr_tomas.html ,
から読むことが出来る。全部で114節ある。頑張って通読してみよう。(訳が充分こなれていないので原文か英文を探さないといけないかもしれない。)。。。
英文の原書は The gospel of thomas hidden sayings of Jeasus, New translation with introduction Critical edition of the coptic text. & notes by B.Meyer in New york 1992
日本語訳本は トマスによる福音書 荒井 献 講談社学術文庫
あるいは他の英語版はここ。(http://www.goodnewsinc.net/othbooks/thomas.html)
読んでみると、
訳の質は別にしてイエス独特の比喩をつかったいいまわしと、そのときの場面がわからないことで難解な部分もあるが、”基本的”には内容は新約聖書的にいってなんの問題もない。正典として認められない(外典または偽典)としたら四福音書との対応の正確度かもしれないが(http://en.wikipedia.org/wiki/Gospel_of_Thomas)、もともと四福音書のあいだでそのような問題があるのである。これを読むと、イエスの言行録だけではわかりにくく四福音書はこれにストーリーをつけて分かりやすくしたものになっている。トマスの福音書を映画風にしたものがあるがこれはイエスの役者がただしゃべっているだけなのでトマスの福音書と変わりはない(http://www.youtube.com/watch?v=YqQUHXfqR6I&feature=related) ちなみに四福音書と重複したいないイエスの言葉も42節ありこれを書かれざるものアグラファと呼ぶ。
グノーシス派ではこれらの言葉を自身の知恵で解釈するように求めているらしい。
グノーシス派でみとめているので正統派でこれを嫌ったということはありうるがどうやら嫌われた理由はグノーシス派の文書といっしょに発見されたことによるらしい。
正統派による神学者らによる排斥の理由ははっきりとしているらしい。
(http://ja.wikipedia.org/wiki/トマスによる福音書)
以下のようなものである:
1)ローマ教会の権威を認めない。(教会の腐敗を考えれば当然である)
2)イエスの復活を認めない。(自然科学からいけば当然である。しかし大多数の教会からすれば認められない)
グノーシス派を正統派(正統というより主流というほうが適切だろう)がみとめない理由はもっといえば、
グノーシス派が
”使徒や、使徒伝承に基づく教会の権威によらずとも、各人の自己「認識」(グノーシス)により救済されると主張し、誰もが啓示に与ることができると説くので、各人の解釈に基づき、無限に聖文書を生み出すことができた(正統派教会によって外典に入れられたキリスト教グノーシス文書は40を超える)。”
10%献金や寄付に財政をたよる教会は各人が教会をとおさなくてもよいとなればカトリックでもプロテスタントでもこえrは受け入れられないだろう。
実はイエスは自分が十字架にかけられたあとは、聖霊をおくるから各人は聖霊に教えをうけるようにいっていて、グノーシス派に主張に近いことを教えているのだが、すべての教会はこの教えを中心的教えとすることはないだろう。実際、イエスのいうようにおこなえば、さまざまな問題も起きて来たのがキリスト教の歴史でもある。この問題はまだわたしにも未解決である。