サイチン (蔡琴)でも | 優しさがいちばん

サイチン (蔡琴)でも


サイチン (蔡琴)の歌は、北京語が美しい。
本人もそれを十分自覚しているようだ。

以前、台北でビリーグラハムの息子(とまだよばれているのは悲しい)
がきたときに、サイチン (蔡琴)が教会の曲をいくつか唱ったが
これは、十分は自信をもたずに唱ったようだ。

言葉というものは、聞く人にもその襞が判るもので
わたしのような素人にもはっきりとわかった。

サイチン (蔡琴)の場合は、まだクリスチャンになってまもなく、
その成長を指導するひとがいないのだろうと思う。